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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

認知症(1)「延命しないで」は本人の意思?

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 先日ある話を、別の病院のお医者さんから聞きました。

 患者さんは101歳の女性です。

 既に認知症で寝たきりです。

 転院して来た時にはすでに胃ろうが造られていました。そこから栄養補給を受けていますが、自分の口からは一切食べられません。

 息子さんが主治医の先生の所に相談しに来ました。

 「先生、母を転院させたいんです」

 「転院…ですか?」

 「そうです。穏やかに死なせてくれる病院があるそうなんです。そこでは何もしないんだとか。母をそこで看取みとりたいんです」


 「死なせてくれる…? 消極的安楽死ということですか?」

 「そうです。とにかく何もしないんだそうです。認知症になる前に母はかかりつけ医には『寝たきりになったら無理に命を延ばしてほしくない』と言っていたそうです」


 「息子さんには同じようなことを言っていましたか?」

 「私にはないです。しかしそうやって自分の意思を伝えていたんです。これは母の意思ということで良いと思います」


 「それでは転院したいと」

 「はい」


 「本当に何もしないんですか? そこは」

 「はい。栄養補給も最小限しかしないと」


 先生は悩まれたそうです。

 何しろご本人は簡単な質問も答えることはできません。今現在のご本人の意思はわかりません。

 しかし、一度そうやってかかりつけ医に話していたということで、息子さんはお母さんの医療全般を中止することを決断し、それをかなえてくれるという病院を探し出したというのです。


「何もしない病院」への転院、悩む医療者

 皆さんに考えて頂きたいのは、まずこのような時の医療者の気持ちです。

 正直言って、これはとても困ります。ご本人の本当の希望がわからないからです。

 患者さんは手厚いケアを受けて、何とか生命維持ができているという側面もあるでしょう。

 息子さんからのお話だと、転院すると患者さんは速やかに死に至るかもしれません。

 しかしご本人が「それでもいい」と仰っているならともかく、一度だけ、ご家族ではなく、かかりつけ医に「寝たきりになったら無理に命を延ばしてほしくない」と言ったことが転院を希望する根拠だということになります。あとは息子さん自身の希望もあるでしょう。

 ですが、転院すれば早く死んでしまうのがわかっていて、それで転院を許可するのは、まるで死に追いやるように感じるのです。

 また「何もしない」病院が本当に温かく手厚いケアをしてくれるかはわかりません。寝たきりだと、ケア次第では簡単に褥瘡(じょくそう=床ずれ)が出現します。転院しても放っておかれて褥瘡などがひどくなって苦しむとしたら、転院させたほうとしては責任を感じます。


 どうでしょうか?

 送り手の立場になると見えて来るものがあるはずです。

 私たちは自分が将来こうなることを見据えて、ちゃんと準備しなければいけないのです。次週もまた、ある例を取り上げます。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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