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(上)職業作家のシリアスな「走る自分史」

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 木村東吉です。今月からこのコーナーで「走る」ことに関することが書かれた本――小説、エッセイ、ハウツー本、映画など――を紹介することになった。あくまでもボクの個人的感想文なのだが、その感想文を読んで「走る」ことに興味を持つ、あるいは「走っている」人たちが、その作品に興味を持って(もら)えれば幸いだ。

あらすじ
 これまでに23回のフルマラソンを完走した著者だが、加齢と共にタイムが落ちていく。「もうこれが自分の限界なのか?」。しかし、これまでの自分の人生を振り返りながら、厳しいタスクを自分に課して、2005年秋に開催されるニューヨークシティー・マラソンに挑む。すべてのランナーに贈る、輝ける愛の賛歌。(文春文庫・2010年刊)

 

 

 「えっ? あのベストセラー作家の村上春樹って走ることが趣味だったの?」と驚かれる方も多いだろう。意外なことに、村上春樹のランニング歴は長く、しかも、シリアスな長距離ランナーである。

富士山五合目「お中道」を走る

 ボクがそのことを知ったのは、もうすでに25年以上も前のことだ。個人的なことで申し訳ないのだが、今から28年前、長女が生まれたことを記念して初のフルマラソンを走った。結果は3時間45分。1986年の秋だった。当時、何かの雑誌(たしかマガジンハウス「ブルータス」だったような記憶があるが)で村上春樹の特集が組まれており、そこで「ランナーとしての村上春樹」が紹介されていたのである。その記事を読んで、どことなく親近感を覚えた記憶がある。

 さきほど「村上春樹はシリアスな長距離ランナーである」と述べた。何がどのような基準でシリアスなのか?

 例えば1キロにつき6分でフルマラソンを走ったとする。時速10キロの速さだが、このスピードを維持してフルマラソンを完走できれば、その記録は4時間15分前後というタイムになる。

走るのはいつも夜明け前。美しい景色が待っているから

 ボクはこれまでに30年近く、毎年のようにフルマラソンを走り、妻やアシスタント、それに多くの友人ランナーを指導して来た。その経験から言えば、このタイムで初めてフルを走ろうとすれば、月間にして約250キロ前後は走りこまなければならない。さらには4時間を切って走ることの出来るランナー、つまり「サブフォー」を目指すなら月間300キロ。3時間半を目指すなら月間400キロ以上の走行距離だ。

 実際にボクの自己ベストは3時間24分だが、この時は月間にして450キロの距離を走った。毎日ほぼ15キロだ。もちろんレース1か月前には20キロ走、30キロ走という長距離走もこなす。

 ところが村上春樹は長年に(わた)って、この3時間半前後のタイムを維持し続けている。当然のことながらボクと同じか、それ以上の練習をこなしているだろう。これで村上春樹が如何(いか)にシリアスなランナーであるか、ご理解いただけるだろう。

 

再起を賭けたNYCマラソン

朝靄の森を走る。自然との静かな対話の時間だ

 しかし、「シリアス」なランナー、村上春樹が、ある時から3時間40分、3時間50分とタイムを落とし、しまいには4時間を切ることさえも難しくなってくる。その理由は加齢によるものなのか? それとも練習方法によるものなのか? 答えは本人にも分からない。

 村上は2005年秋に開催されるニューヨークシティー・マラソンに向け、再起を誓って練習を続ける。

 これが本書に()けるある意味での縦糸である。これまでに自分の走って来た過去を客観的に振り返り、小説家としての資質も同時に重ね合わせ、真剣に練習に取り組む。

 再起を賭けての月間走行距離は約300キロ。

 その縦糸に絡むのが、村上自身が「メモワール(自分史)」と呼ぶ、これまでのランニング人生や小説家としての、心情の吐露であり述懐である。

つづく

 

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