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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

「人生」は次代に引き継がれていく

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なぜ生きているのか?悲しい心の叫び

 私たちはどうして生きるのでしょうか?

 突然そのように尋ねられると、皆さんも面食らうかもしれません。

 けれども、私たちが本当に命の残り時間が少ないと悟った時、私たちはその問題と向き合うようになります。

 しかし事はそれほど簡単ではありません。

 命が差し迫った時、私たちは健康な時のようには歩けず、場合によっては立ち上がれないかもしれません。例えば高度進行がんで余命が短い週の単位の場合は、足腰が自由にならなくなっていることが多いです。そのうち眠気が強くなり、水も思うように飲めなくなり、むせてしまうようになるかもしれません。


 すると思います。

 「このような状態で」なんで生きているのか?


 そう、これは反語です。

 なんで生きているのか? 生きている意味がないのではないか。

 そう思うようになるのです。私は終末期医療の場に身をおいて、何度その悲しい心の叫びを聞いてきたかわかりません。


生きている意味、見つかった瞬間

 60代の会社経営者だったBさんは、自分が何もできなくなってしまったことに激しい苦痛を感じていました。人一倍精力的に会社を運営していたBさん。体調の不良を感じて病院に行った時には末期の膵臓すいぞうがんでした。

 自嘲気味に言います。

 「もうこんな状態では生きている意味はないよ。早く死にたい」

 歩けず、満足に立てず、ある日は失禁してしまい、彼の自尊心は傷ついていました。

 「まさか人生の“最後”にこんな目に遭うとは…」

 誰よりも一生懸命に働き、会社を育て、全て自分で決めてやって来ました。それなのに、今は何も思うようになりません。食欲がないところを、食べなくてはと一生懸命に箸をのばしても、その箸を落としそうになり、またかろうじて口に運んだ食事も、飲み込む力が弱っているためにむせてしまうのです。

 決して、ひとごとではありません。私たちの誰もが迎えうる明日の、一つの「最後の」姿です。

 若い男性社員が毎日お見舞いにやって来ました。Bさんの体調不良とともに会社は厳しい状況になり、一部は社を去っていました。そんな中、彼は欠かさずお見舞いにやって来ました。

 「社長!」

 常にぐったりとし、私たちには「生きる意味がない」と繰り返していたBさんは、しかし彼の前では明らかに違って見えました。そう「社長」の姿だったのです。

 筆をしっかりと持ち、署名にもほころびがありながらも、箸を落としてしまうBさんと同じとは思えませんでした。

 私がそれを伝えると、彼はハッとしたようでした。

 「もう何も自分ではできなくなってしまった。あいつはなかなか芽が出なくてね。いつも叱ってばっかりだった。でもある時、明らかに前と違った、とてもいい仕事をした。頑張っていたんだよ、俺の知らないところで…」

 Bさんは、かすれた声で話し続けました。

 「だから、『大きくなったじゃないか』と、一度だけ褒めた。今は彼が会社の大黒柱だ」

 「素晴らしいことですね」

 私が伝えると、彼はこう言いました。

 「俺が死んでも、俺の思いはきっと社員が継いでくれる。だったら俺が生きた意味はきっとあるんだと思う」

 なんで生きているのか?が見つかった瞬間でした。


死んでも思いを伝えられる場所

 死んでも思いは伝えられます。終末期や臨終の場は、その場所です。

 私たちはいつか、「なんで生きているのか?」「意味などないのではないか」という厳しい問いに直面することがあるかもしれません。

 けれども共に人生を過ごした人たちとのつながりは、きっとその難問を解決に導いてくれることでしょう。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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