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宋美玄のママライフ実況中継

医療・健康・介護のコラム

「真実のお産」で本当の女に!?私はごめんです

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妹が出産祝いにくれたクマのぬいぐるみと通園中

 一年で一番寒い季節になりましたが、娘は風邪も引かずに毎日元気に保育園に行っています。少し鼻水が出るくらいはたまにありますが、この冬はまだ熱を出したりしていません。健康でとてもありがたいです。インフルエンザのワクチンを打っていることも奏功しているのでしょうね。1歳後半くらいからベビーカーを嫌がるようになり、保育園までベビーカーを押しながらずっと抱っこして両手首が腱鞘けんしょう炎になったり、ベビーカーに無理矢理乗せると大泣きで脱出されて危険な目に遭いかけたりしましたが、お気に入りのクマのぬいぐるみと一緒に乗せたらとてもご機嫌で乗ってくれるようになりました。毎日、クマのぬいぐるみと通園しています。

「死んだ方が幸せ」と医師が言い切るのは暴言

 先週の「死は悪いことではない!?『自然出産』に違和感」を多くの方に読んでいただいたようで、とてもありがたいことです。「自然出産」の教祖である吉村正医師の出産方法に直接関係ない思想についてかなり強く批判したにもかかわらず、あまり反論がなかったのはどちらかと言えば意外でした。吉村医師は「『幸せなお産』が日本を変える」(講談社+α新書)という著書の中でこう書いています。


 「あるとき、私の講演で、こんな質問をした人がいました。

 『先生はいまの産科学を否定されますが、医学が進歩し、お産を支えるようになったからこそ、周産期死亡率が下がったのではありませんか』

 たしかに、昔は1000人のうち40人の赤ちゃんが生まれるときに亡くなりました。今は1000人のうち7人くらいしか死にません。それは医学の進歩のおかげではないか、とその人は言うのです。どこかのお医者さんか、大学の先生だったような気がします。

 私は思わず、『バカを言え!』と言ってしまいました。40人死ぬはずが、7人に減ったとしても、そのことは幸せか?自然に生まれれば死んでいた命を、医学の力で無理やり生かし、いっぱい管につないだり、あちこち切ったりして、延命させたところで、はたしてそのことで人類の幸せが増したことになるのか?」



 そして、40人死んでいた頃の方が子供は上手く育った、死ぬものは死ぬ、生きるものは生きる、決めるのは神であるとの持論が続きます。まず一つ補足しますと、昔なら助からなかったけれども今の医学で助かったという赤ちゃんが皆「無理やり」生かされて管をたくさんつながれている訳ではなく、健康体で助かる赤ちゃんが増えた訳であるのに、そこを読者に誤解させて医療のマイナスイメージを植え付けています。どのレベルに医学が進んでも、周産期に死ぬ赤ちゃん、健康に生まれる赤ちゃん、そして助かったけれど生きていくのに医療を必要とする赤ちゃんはどれも存在します。彼の主張は、「完全に健康体でないなら生まれてきても幸せではない」と言っているのと同じで、優生学に他なりません。「命」と「幸せ」を天秤てんびんにかけているのですが、幸せこそ一人一人で価値観が違うものなのに、「死んだ方が幸せだ」と医師の立場で言い切るのは「1分でも1秒でも長く心臓を動かすのが正しい医療だ」と言うのと同じように暴論だと思います。親の「幸せ」のために日本の標準医療なら普通に生まれて来られただろう赤ちゃんが吉村医院もしくは搬送先で命を落としてきたことを考えると胸がつまります。

 著書では、吉村医院は何も手出しをしないけれど逆子でもハイリスク分娩でもつるつる生まれてアプガースコア(新生児の元気さを測るスコア)も非常によいと書かれているのには、吉村医院からの搬送依頼を受けている周辺のいくつもの病院のスタッフたちの「うそをつけ!」という声が聞こえてきそうでした。

看過できないジェンダーバイアス

 吉村医師の言説を一つ一つ取り上げて反論してもきりがないのでやめますが、ジェンダーバイアス(性的偏見)のひどさは看過できないのでこちらで触れさせてください。著書によれば吉村医院で「真実のお産」をすると本当の「女」であり「母親」になれるとのこと。また、帝王切開で産むと本当の「女」にも「母親」にもなれないそうです。「私は女性を本当の『女』にしたくて、そして女性が女性の素晴らしさに目覚めてほしくて、自然なお産にのめりこむようになったのかもしれません」と書かれていますが、産科医に本当の「女」にされるなんて個人的には気持ち悪くてごめんこうむりたいです。

 また、「妊娠したら女は働くのをやめるべき」「現代社会は男社会で、外で働くと女の顔はどんどん男性化する」など、社会は男のものであり、産み育てるのが女の役割であると熱く述べていますが、このあたりは出産の本質とは関係なく、単なる時代錯誤だと感じます。メディア関係者に礼賛され、インテリ女性も傾倒すると言う吉村医師ですが、そういった人たちは本当に吉村医師のジェンダーバイアスを受け入れているのでしょうか。

 吉村医師の主張の根幹は医療を介入させない自然なお産がよいということで、私も出来るだけそうしたいし、妊婦の産む力が最も発揮されやすい姿勢を自由に取れるような出産法(こちらで何度か触れたガスケアプローチのことです)がもっと広まってほしいと考えているので、共感する部分も多くあります。しかし、吉村医師の極端な思想と危険な管理と医療批判が、日本中の少なくない産科医に「自然出産アレルギー」を抱かせているというのは事実だと思います。皮肉なことですが、吉村医師の影響力は日本の出産を自然とは逆の方向に向かわせているかも知れないのです。少なくとも出産の生理学という本質から外れた部分で「自然出産」が議論されているのは歯がゆく思います。

 次回はなぜ吉村医院がメディアに礼賛されるのかということについて私なりの考えを述べたいと思います。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)。

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14件 のコメント

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一理あるが・・・

アドナイ

私の意見はシンプルです。吉村先生の考えに賛同して出産したいのであればそうすればいいと思います。何の問題もありません。同時に、病院出産や無痛分娩、...

私の意見はシンプルです。吉村先生の考えに賛同して出産したいのであればそうすればいいと思います。何の問題もありません。同時に、病院出産や無痛分娩、帝王切開を選びたければそうすればいいのです。要するに、あるやり方や考えを他人に押し付けてはだめだということです。ジェンダーの問題が絡んでくると、別次元の戦いになってしまうのはいつもながら残念ですね。

出産とは別の事ですが、男子割礼というものがあります。世界の一部の地域で行われています。理由は、医学的・伝統文化・宗教上と様々ですが、これも人に押し付けてはいけないと思います。本人に同意のない施術は極めて人権上問題があります。世界の女性の権利を擁護する団体も、女子割礼には目くじらを立てるのに、男子割礼に対しては無関心・冷淡です。衛生上の問題、施術者の資格(医師でない者、技術の低さ)の問題、男の子のプライバシーやメンタルケア上の問題があるにもかかわらず、大人になるための儀式・試練としてまるでお祭り騒ぎのように扱われています。世界中から多くの女性医療者が”見学者”として参加しています。そういうツアーもあります。また、自国(ヨーロッパなど)では行えない割礼を、現地(フィリピンなど)でナース資格で嬉々として行っているのを見ると気持ちが悪くなります。女性の出産の問題と同じく、人間の根源に関わる問題について、他者にある考えや風習を強制するのは良くありません。これは両方の立場についてそう思います。

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自然出産を応援する女性医師の記事もぜひ

maki

出来るだけ自然なお産をしたくて、検索してここに来ました。 自然出産を応援する女性医師の紹介もして欲しいですね。 現代は、いろんな需要があるのだと...

出来るだけ自然なお産をしたくて、検索してここに来ました。
自然出産を応援する女性医師の紹介もして欲しいですね。

現代は、いろんな需要があるのだと思います。

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苦労至上主義?

あき

母親と自己犠牲的行為は切り離せないのでしょうか?もううんざりです。昭和の自我を捨てた自己犠牲的専業主婦は、今は随分減りました。しかし、そんな女や...

母親と自己犠牲的行為は切り離せないのでしょうか?もううんざりです。

昭和の自我を捨てた自己犠牲的専業主婦は、今は随分減りました。
しかし、そんな女や母親を理想とする人たちが、「理想の・本当の・立派な母親」になるよう現代の女を矯正するために、
女にしかできない、そして母親になるために必ず通過する妊娠出産を利用して自己犠牲を強制しているように思います。

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