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宋美玄のママライフ実況中継

コラム

死は悪いことではない!?「自然出産」に違和感

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JALの機内販売で買ったかわいいお洋服です

 寒い日が続き、子連れで出かけるのがなかなかおっくうな季節ですね。娘は遅まきながらアンパンマンにハマってしまい、妹がくれたアンパンマンのDVDを繰り返し見ています。動物園や友人宅に連れ出したりもするのですが、すぐに「アンパンマンー!」と駄々をこねるので、年末にアンパンマンミュージアムに連れて行ったことを後悔する日々です。取り上げるとあまりに泣くので、「アンパンマンばっかりみるとアホになるよ。なってもいいの?(アンパンマンごめんなさい)」というと、「いやや」と言って収束しました。「アホ」が何か分かっているとは思えませんが、雰囲気に 気圧けおされたのでしょうか。泣いても短時間ずつしか見せないようにしないとだめですね。

 先週の「議論紛糾、子連れの新幹線移動」にたくさんのコメントをいただき、ありがとうございました。すでに議論は出尽くしているテーマかとは思うのですが、いろんな立場からいろんな意見をいただいて、とても参考になりました。子育てに無縁な人より子育てを過去に経験した人の方が今の親に厳しいと感じたことから、「最近の研修医は…」などと言わないようにしようと思いました。夢中で頑張ったことと、自分が人に迷惑をかけず完璧にできたということを時間がつと人は混同してしまうのかもしれません。

 

 ところで、年末にこのような報道がありました。

「自然分娩」の吉村院長が引退
ユニーク出産、映画にも

2013年12月29日07時45分【北上田剛 朝日新聞】

 妊婦らがまき割りや雑巾がけをして出産に備えるユニークなお産で知られる愛知県岡崎市の産婦人科「吉村医院」。50年以上、院長を務めた吉村正さん(81)が年内で引退する。体力が続かなくなったという。吉村院長は「夢中でやってきたが、思想を貫けたのは誇りに思う」と話す。

 吉村院長は28歳で開院。「お産を本来の姿に戻す」として、帝王切開や陣痛促進剤など医療技術に極力頼らない「自然なお産」を提唱してきた。

 約35年前、医院の裏に築300年の古民家を移築。「産む力」を引き出すため、妊婦らは思い思いに通い、そこでまき割りや井戸の水くみをして体作りをし、それぞれの出産に備える。医院には一般的な分娩ぶんべん室もあるが、ほとんどが畳の上に布団を敷いた「和室分娩室」での出産を希望するという。

医療技術に極力頼らないお産とは

 岡崎市の吉村医院と吉村正医師は日本の「自然出産」の象徴、いや教祖と言ってもさしつかえないくらいで、マスメディアへの露出も非常に多く、ご存じの読者も多いことと思います。周産期医療に関わる者にそれなりに影響を与えてきた吉村医師のことを、私はご本人の著書や河瀬直美監督の「玄牝げんぴん」という映画、複数の雑誌や新聞のインタビューで知るのみですが、吉村医院のお産の世界について私の考えを述べたいと思います。

 吉村医院は医療技術に極力頼らないお産を実践されていたということですが、それは記事中にもある吉村医師の「思想」によるもののようです。過去の吉村医師の発言によれば、それは「医者は、出産で死んではいけないと言うけれど、それは自分たちのお金儲けのためだ。死ぬのは悪いことではない。自然にツルツル産まれる人は医療の力を借りなくても産まれる。そうでない人は助かってはいけない命だということなのだ」という思想のようです。医療を敵視して医師のいない施設で産む「自然出産」志向の人にありがちなのは、「危なくなったら救急車で搬送してもらえば大丈夫」と都合のいい時だけ医療に頼るという考えで、「自然出産」のために本当に命をかけるつもりはないことがほとんどですが、吉村医師の思想は「死は悪いことではない」と発言では筋が通っています(映画にも出て来たように、実際は周辺の医療機関にいろいろと搬送しているのですが)。

何ものにも代え難い母子の健康

 しかし、吉村医師ほどではありませんが千単位の出産をみとどけ、地域の周産期センターでハイリスクの症例を診て、全くのローリスクの妊婦の急変を何度も経験し、自身も出産して愛する我が子を日々育て、母子の健康が何ものにも代え難いことを実感している私からすれば、吉村医師の思想は傲慢、もしくは他人事のように考えていると思えます。自分が死ぬと思って吉村医院で産む人は少ないでしょうから、「お産は危険と言うが、自分は大丈夫だろう」と考えているということでしょう。つまり、「この世に産まれて来られるのは本来選ばれし者で自分はせっかくそれに入っているのに、医療の力でそれに値しない者も救われるのはなんとなく面白くない」と考えているような傲慢さをほのかに感じるのです。吉村医院で出産する人の中には自然による死の選別についてそこまで考えてはおらず、単に自然に憧れたり医療不信があったりするので選んだという人も多いでしょうが、出産による母子の危険は他人事ととらえているということは言えそうです。

危険が当たり前の産科だから容認?

 吉村医師の理論は、危険が当たり前の産科だから容認されているという部分もあるかも知れませんが、もしこれが外科や救急科ならば医師としてこの姿勢は法的に容認されるのでしょうか。例えば、虫垂炎や悪性腫瘍だと診断されても医療を施さない、外傷により骨折や大量出血を起こしていても医療を施さない。神の名前を出しても到底許されないことでしょう。それが、独自の思想のもと、日本の標準医療なら救い得た母親、そして自分では何も選んでいない赤ちゃんの命を救わずにきたとすれば(おそらくそういう症例も多々あったと思われます)、これは法治国家日本での医療機関として存在して問題ないのか、疑問を感じるのです。病院で手を尽くしても救えなかった事例はたたくのに、医療を拒絶した自然出産は礼賛するマスメディアの見解をきいてみたいものです。

 今回は吉村医師の思想への批判ばかりとなってしまいましたが、なるべく医療の手を加えない出産やフリースタイルで妊婦さんの産みやすい出産などに賛成する要素も多いことも述べておきます。長くなってしまったので、今回の論点はこれだけにとどめますが、自然出産についてはまた書きたいと思います。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)。

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11件 のコメント

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吉村正先生が旅立たれました

NORI–N

敬愛する吉村正先生が2017年11月7日、お亡くなりになりました。 何か先生を忍ぶ情報がないかと検索しているうちに、ここにも辿り着きました。 宋...

敬愛する吉村正先生が2017年11月7日、お亡くなりになりました。
何か先生を忍ぶ情報がないかと検索しているうちに、ここにも辿り着きました。

宋先生のおっしゃることは真っ当だと思います。
また、吉村先生のおっしゃったことの抜粋も、間違っていないと思います。
ただ、「抜粋」というものは、抜粋であって全体像ではない。

吉村先生は時に過ぎた表現をされてきたのも事実です。
ただ、私から見る吉村先生は、バッシングを承知で本音を書かれた。
一個人の存在を突き抜けて、地球全体の生命、未来を見通して、今人間がどうあるべきか、無私の精神で皆が言いにくい真実をズバリと言ってのけた。
憎まれることすらも望んで、未来へのいのちの責任から来る言動、行動、そしてあの分娩スタイルになった、ということだと私は解釈しています。

人間完璧ではない。
素晴らしい行動もするし、ある側面からは乱暴な発言もする。
人間なら陰と陽があるのは当たり前です。

それは吉村先生が自分一人が盾となって命を守ろうとした、
誰よりも「人間」として愛の深い方だったからです。

その乱暴な発言に着目してしまう宋先生も、実は吉村先生の偉大さを十分わかっていらっしゃって、ご自身の「完璧な産婦人科医像」にあてはめようとなさっている、というように感じました。
吉村先生も完璧ではありえないのです。

でも、私から見ると、吉村先生の生き方は芸術的でした。
吉村先生は人間のエゴを突き抜けた、とても人間臭いながら聖人領域にまで達した存在だと私は思います。

今は心からご冥福をお祈りし、そしてこれからの地球のいのちの未来を、扉を超えた世界から見守っていただきたい、生きている私たちが野生の人間、連綿と引き継がれるいのちの力を見失わないように叱咤激励してほしい。
そのように思います。

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映画の前にテレビ放送を過去に見ました

とも

生む前と産んだ後ととらえ方が全く変わりました。記事の主張に、今は完全同意です。テレビの中で先生は「うちは帝王切開はほとんどしていない。する必要が...

生む前と産んだ後ととらえ方が全く変わりました。
記事の主張に、今は完全同意です。

テレビの中で先生は「うちは帝王切開はほとんどしていない。する必要がない。」
というような事を言っていて
実際に事前分娩と帝王切開の数が表示されていました。
しかしそれは、緊急の際に搬送された数は除外していたいと思われます。
自然分娩で無理に産んだから障害が残った(死亡)例もあったはず。
それは語らず。

自然に生まれてきた子は目の輝きが違う。
帝王切開で生まれた子はすぐ泣かない。
なんて説明していて「ふーん」としか感じなかった妊婦の自分。

実際は現代医療があったからこそ無事に生まれました。
切迫流産と切迫早産とで長期入院、24時間点滴、
子宮が二つに分かれ逆子で帝王切開。
吉村医院で生もうとしてたらたぶん
「死ぬことが自然である赤ちゃん」でしたでしょう。

お腹から出された瞬間大声で鳴いた我が子。
無事に生まれるだけで、それだけで「生み方」なんてどうでもいい。

動物を例に挙げて自然分娩をあがめる風潮は怖いですね。

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本当に無責任なのは?

はい

「死ぬことが自然である」という発言には賛同しかねますが、他の病院に搬送することは、無責任ではないと思います。緊急の事態なのに産婦を搬送せずに、命...

「死ぬことが自然である」という発言には賛同しかねますが、

他の病院に搬送することは、無責任ではないと思います。緊急の事態なのに産婦を搬送せずに、命に関わる事態になることの方が、よほど無責任だと思います。

宋先生が、助産院を選ぶすべての産婦が「医療を敵視している」と思っていらっしゃるのではあれば、大変残念です。

私はドイツの助産院で2人の子どもを産みましたが、何かあった場合に車で5分以内の所に病院があるという安心感があったからです。また、助産婦さんの方からも、時間がかかりすぎる場合、子どもの心拍数に異常が見られた場合などは病院に行くこともあり得るという説明を受けました。緊急の場合は救急車かもしれませんが、それ以外なら自家用車やタクシーでの移動になると思います。出産の途中で移動するのは煩わしいことなので、産婦は、そのリスクを承知した上で助産院を選択しなくてはいけません。

私は「自然出産」の信者ではありません。自然に産めたら素敵だけれど、緊急の場合、あるいは事前にリスクがわかっている場合は帝王切開になることは仕方のないことだと理解しています。

ドイツの場合は、病院で産んでも、問題のない産婦は助産婦と一緒に産みます。こちらの助産婦さんは、どの時点で医者にバトンタッチするか、その見極めがきちんとできるように思いました。常にリスクに備えて、集中力を切らさないように仕事をしているという印象を、2度のお産を通して受けました。

どこまでが助産婦の仕事で、どこからが医師の役割かということが、きちんと決められた上で、お互いが信頼して仕事ができるのがベストだと思います。

助産院が医療を敵視して、医者が助産院を敵視した状態では、日本の参加不足は解消しないと思います。両者はお互いを補い、助け合うべきだと思ってます。

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