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動き出す細胞医療(上)体性幹細胞 血管に心筋に

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骨髄から採取 脳梗塞回復

脳梗塞で倒れた藤川さん(左)が病院の廊下をゆっくりと歩く。田口部長(中央)と由美さん(右)がその様子を見守っていた(神戸市の先端医療センター病院で)=吉野拓也撮影

 脳梗塞や心臓病、がん。こうした病気を、自分の体の中にある健康な細胞を使って治そうとする「細胞医療」が実用段階に向かっている。

 一部の医療機関で試験的に行われ、効果や安全性が確かめられつつある。動き始めた細胞医療の現場をリポートし、その可能性と課題を追う。

 昨年12月、冬の柔らかな日の光が差し込む神戸市の先端医療センター病院の渡り廊下。4年半前に脳梗塞で倒れた大阪市のNPO法人理事長の藤川博志さん(72)が、足元を確かめるようにゆっくりと歩を進めていた。

 「しっかり歩けるようになりましたね」。主治医で、同センター再生医療研究部長の田口明彦さん(50)が言葉をかけると、藤川さんは「以前は考えられませんでした」と答え、付き添っていた妻の由美さん(52)がほほ笑んだ。

 2009年7月。朝、出張先に向かう大阪府吹田市内の駅で、異変が起きた。「何で? 体が動けへん」。崩れるように倒れた。

 搬送された同市の国立循環器病研究センターで、当時、治療にあたったのが田口さんだ。藤川さんは脳の血管が詰まり、神経細胞の壊死(えし)が広がった。早急に手を打たなければ、命は助かっても重いまひが残る可能性がある。神経細胞のネットワークを損傷部に再び張り巡らせるためには、脳の血管を再生し、酸素や栄養を送り込めばいい――。

 田口さんは、細胞医療を試してみることを提案した。藤川さんの骨髄から取った血管を再生させる細胞を、点滴で損傷部に送り、神経細胞の成長を促す。こうした細胞は体性幹細胞といい、体の様々な組織になる。まだ治療行為として認められていないが、田口さんは、臨床研究として行うことで厚生労働省の承認を得ていた。

 倒れてから数日後に治療を受けた藤川さんは4か月後に退院し、間もなく一人で通院できるまで回復した。治療から半年後に脳の損傷部に血流が戻った。自宅でリハビリを続け、仕事をこなして毎日を過ごしている。

 由美さんは「治療を受けて良かった」と振り返り、藤川さんは「この治療を多くの人が受けられるようになってほしい」と語った。

 田口さんは、09~13年に両センターで、藤川さんら重い脳梗塞患者12人にこの治療を行った。9人が半年後に自力で歩けるようになり、うち5人の脳を検査すると血流が回復していた。

 「脳の損傷が回復しないというのは一昔前の考え。細胞医療にはこれまでの治療法にない可能性がある」と田口さん。14年度から効果をより正確に確かめるための研究に取り組むという。

心臓の難病にも

 「この子の心臓が少しでも良くなればと思っていたので……。うれしいです」

 岡山大病院で心臓の細胞医療を受けた次女(2)の母親(28)が、声を弾ませた。医師から、次女の心臓のデータがかなり良くなっていると説明を受けたからだった。

 次女は、生まれながらに心臓のポンプ機能が弱い重い病気を持っている。心臓の周りの血管をつなぎ替えて血液の巡りを良くする手術を、何度も繰り返したが、十分に改善しない。根本治療には心臓移植しかないが、心臓の提供は極めて少ない。

2歳の女児(右手前)に細胞医療を施した王教授(右奥)=岡山大病院で

 そこで、同大病院教授の王英正(おうひでまさ)さん(47)らは、臨床研究中の細胞医療を提案した。手術で取ってあった心臓の組織から、心筋に変わる幹細胞を取り、体外で増やしてから、カテーテルで心臓の冠動脈に戻した。

 3か月後、心臓が血液を送り出す能力が1・8倍に増えた。王さんは「幹細胞が、心筋になった可能性がある」と話す。現在、厚生労働省の指針に沿い、次女を含む0~4歳の34人を対象に、治療効果を確かめる研究を進めている。

 王さんは「心臓の幹細胞のように、体にもとからある体性幹細胞を使う医療の安全性は高い。研究を急ぐ必要がある」と話している。

 体性幹細胞 赤血球や白血球のもとになる造血幹細胞、軟骨や筋肉になる間葉系幹細胞などがある。幹細胞の中には、遺伝子を操作して万能性を持たせたiPS細胞(人工多能性幹細胞)、受精卵から作るES細胞(胚性幹細胞)があるが、体性幹細胞に比べ安全性が未確認で、国内で人の治療に使われた例はない。皮膚細胞や肝細胞などは「体細胞」と呼ばれている。

◇         ◇         ◇

法整備 安全性確保し普及へ

 細胞医療は世界各国で広がる一方、国内ではこの医療を受けた患者が死亡するなどの事故も起きている。そのため政府は、安全な形で普及させるために、法整備を進め、これに呼応する形で参入を狙う企業の動きも活発になってきた。

 その一つは、昨年11月に成立した「医薬品医療機器法(改正薬事法)」だ。培養した皮膚や軟骨など細胞を使った細胞医療製品は、これまでより少ない症例でも、治療の安全性が確認され、効果が推定できれば、条件付きで製造や販売を認める。患者に早く届けるのが狙いだ。

 もう一つは、同時に成立した「再生医療安全性確保法」。細胞医療を行う全ての医療機関に届け出を義務づけて規制を強め、安全性を確保する。医師の裁量で進められる自由診療で、若返りを図る美容外科治療など、実態が分かりにくく、問題があった細胞医療も含まれる。厚労省は、使う細胞のリスクを3段階に分けて、手続きに差をつける方針だ。

 二つの法律は今秋に施行されるが、製薬会社を含む幅広い企業が既に参入を狙い始めている。肝硬変患者への細胞医療の臨床研究を進める山口大医学部長の坂井田功さん(58)は「iPS細胞に注目が集まりがちだが、まず実用化に近い体性幹細胞で、安全で効果のある治療を普及させる必要がある」と話す。(木村達矢、冨山優介)

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