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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

まじめすぎるのは終末期医療の大敵…医療者編

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 皆さん、今年もよろしくお願いします。

 皆さんは今年の目標は決まりましたか?

 「まだ決まっていない」そんな皆さんは、ぜひ「肩の力を抜いて、まじめすぎないようにする」という目標を立ててみるのはいかがでしょうか。

 皆さんは、日本人はまじめだと思いますか?

 そう思う、という方もいらっしゃれば、そうでもないとおっしゃる方もいるでしょう。

 しかし世界平均でいうと、どちらの答えでもまじめかもしれません。

 私の経験です。ムバラク政権が崩壊する前のエジプトに行った際、寝台列車を待っているときに隣にいた現地の方がポツリと「たまに列車が来ないことがあるからね」と言いました。

 「遅れる」ではないのです。「来ない」のです。事前連絡もなく、突然来ないこともあるのだとか…。

 一方、日本。私が住んでいる東京では、電車が数分遅れても、頻繁に「申し訳ありません」とアナウンスが入ります。気の毒なくらいです。時間ピッタリに来るのが当たり前であります。日本人は世界平均からするとちょっと変わっているのかもしれません。


「穏やかに逝かせてほしい」と願うのに…

 医療に関しても、そんなところがあるのではないかと思っていました。

 とりわけ患者さんが「もう穏やかに逝かせてほしい」と願い、はた目にも回復がまず不可能なのにもかかわらず、「血圧を下げるわけにはいかない」と昇圧剤を使用し、なぜかを伺うと「命を縮めるわけにはいかない」と言う医師。

 意識が低下して苦しくなさそうなのに頻繁に管を口から入れてたんを吸引しようとして、逆に患者さんを苦悶くもんの表情にさせてしまい、「痰が詰まったら死んでしまうから吸引しなくてはいけないんです」と言う看護師。

 患者さんが苦しがって、ご家族も苦痛がないようにしてほしいと願っても、鎮静薬で呼吸を弱めてしまえば「死に近くなってしまう」からと絶対にそれを使わない。そんな例もありました。


強すぎる善意、医療現場の障害に

 終末期医療の場において、医療者として一分一秒でも命を縮めるようなことがあってはいけないという気持ちが強すぎると、患者さんやご家族の気持ちや思いとかけ離れてしまう場合があるところに問題が起きていると感じました。

 終末期においても延命的治療に力を注ぐことがしばしば医師の利益追求がためと誤解されますが、けしてそうではありません。誠実さや責任感から「絶対に命を縮めない」ためにできる医療行為をできるだけしようとすることが、誤解を招いている時があると感じたのです。

 アメリカの医療現場を知っている神戸大学教授の岩田健太郎先生が書かれた『絶対に、医者に殺されない47の心得』でも、日本の一部の医師の強すぎる善意について指摘されています。

 『日本の医者のハートは、世界的な目で見ると一○○点満点。比較的低い給料で、朝も晩も週末も働き、勉強し、あれやこれやの要求に応え、クレームに対応し、患者の苦痛と苦悩に対応します。(略)とはいえ、日本の医者の善意は必ずしもよい結果を患者にもたらしません。いや「自分はこんなに患者に尽くしているのに」という熱い気持ちは、「だから自分のやり方につべこべ文句を言うな」というメンタリティーに容易に変化します』(p132~133)とあり、これは鋭い観察です。

 また医師ばかりでなく、厳しい労働環境で頑張っているのは看護師も同様です。けれども「私が一番患者さんのことをわかっている」というところから、患者さんを巡って医療者同士が代理戦争のようになってしまうこともあります。これはやはり皆がまじめで熱く、善意に満ちあふれているがゆえのことなのですが、現場は混乱し、うまく共同作業を構築できない原因にもなります。

 いずれにせよ現場は利益度外視で、一定のレベル以上の医療機関では多くのスタッフが善意にあふれているからこそ、それぞれの思う最良を全力で為そうとするがゆえに、時に医療者同士が対立したり仲違いをしたりということがあるのです。


治療の目標、はっきりと

 どうしたら良いのでしょうか?

 岩田先生も前掲書で、アウトカム(治療の目標)をはっきりさせることを説いています。それによって、例えば検査値の正常化にこだわりすぎて副作用を出す薬剤を漫然と使用したりなどを避けることができます。一番大切な目標は何かを考えて、それで治療を取捨選択する必要があります。

 そして治療の目的の明確化は、とりわけ高度進行がんの医療や終末期医療で重要となります。

 先ほどの終末期患者さんの血圧に対しての昇圧剤もそうです。死が迫り、血圧が下がる。その際の血圧を上げる昇圧剤の意味はどこにあるのかということです。

 昇圧剤が苦しさを緩和するわけではありません。末梢血管を収縮させる昇圧剤だと、むしろ四肢末端の指が潰瘍を起こしたりすることもあります。死期が数日と考えられる患者さんに、それを行うアウトカムは何なのか、というと「血圧が下がっているから当たり前」「命を医者は縮めてはいけない」であっては、患者さんの幸福につながりません。ましてや「今までもそうだったから」であっては思考の停止になってしまいます。


患者さんの前で唱える「緩和ケアのじゅもん」

 私は「緩和ケアのじゅもん」として患者さんの前で唱えるものとしていくつかを考えました。

 「この方は今、何を望んでいるのだろうか?」

 「この方には、この方自身には、何が最良なのか?」

 検査値やデータにこだわるのではなく、この患者さんにとって何が最良なのかを考え、十分相談し、そうして立てた目標をアウトカムにして治療を行い、また不要な治療を排することが重要だと思います。

 治る病気でしたら治すことがアウトカムになるでしょうが、もはや進行して治らない病気の場合は「それでも治す」ことをアウトカムにするのではなく、残り時間に良いQOL(生活の質)が達成されることにするべきでありましょう。医療は患者さんの残り時間が幸せなものになるように配慮されなくてはいけないと考えます。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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