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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

yomiDr.記事アーカイブ

人間の人間による人間のための医療

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 昨年8月より、休みをはさんで52回の連載を続けてきましたが、今回が最終回です。連載では、私の診察室を訪れる患者さんの言葉を紹介しながら、がんという病気との向き合い方を考えてきました。

 私の外来日、診察室には、朝から夕方まで、1日30人ほどの患者さんが来られます。他の科に比べたら、けっして多い数ではありませんが、厳しい病状の説明が必要な方、抗がん剤治療中で副作用のケアが必要な方、治療方針についてギリギリの選択が必要な方など、一人ひとりが抱えているものは大きく、診察室の中では、いろいろなドラマが展開します。


患者さんの「生き方」を支える

 診察を終えるときには、ぐったりするほどの疲労感がありますが、それは、患者さんが向き合っているものに比べたら些細ささいなものですし、患者さんの「生き方」をささやかにでも支えることができているとしたら、とてもやりがいのあることだと思っています。

 ときどき、立場が逆になって、患者さんからいたわられることもあります。

 「先生、体に気を付けて、無理しないようにね」

 「今日も、昼ごはん抜きなんでしょ」と言って、軽食を差し入れてくれるような患者さんもいます。患者さんから、いただきものをするのはよいことではありませんが、正直なところ、気持ちもおなかも満たされて、温かい気持ちになります。

 「今日は、先生の笑顔を見られてホッとしました。でも、前回は、見るからに疲れていて、話しかけづらかったんですよ。やっぱり、患者は、主治医のご機嫌をうかがっているんですから」なんて言われることもあります。

 実際、一日の最後の方で、疲れがたまっていたり、待合室でお待たせしている患者さんが増えて、あせってきたりすると、自分自身の心の余裕がなくなっているのを感じることがあります。

 いつも心に余裕を持っていたいところなのですが、まだまだ精進が必要なようです。


患者さんから癒やされる

 先日の外来では、患者さんから、「先生の診察室からは、いつも、笑い声が聞こえてくるんですよね。前の病院ではそんなことはなかったので、とても新鮮です。待ち時間が長いときでも、待合室で和んでいます」と言われました。

 いつも長時間お待たせして、申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、そんなふうに思ってくれる方がいるというのは、とてもありがたく思いました。

 本当は、待ち時間を少なくし、それでいて、すべての患者さんと、楽しく雑談もできるくらいの時間的余裕があればいいのですが、今のシステムではなかなか難しいところです。それでも、日常の出来事や、患者さん自身の率直なおもいを語っていただけるような雰囲気は保っておきたいと思っています。

 先日の外来では、診察の最後に、クリスマスツリーの写真を1枚差し出して、「ささやかだけどとてもうれしかった」という、ご家族のエピソードを語ってくれた患者さんがいました。本当にわずかな時間のお話だったのですが、私もジーンとして、疲れが癒やされました。

 患者さんたちからは、日々、多くのことを学ばせていただき、癒やしていただいている気がします。

 多くの患者さんは、「治らない病気」と向き合っているわけですが、その一人ひとりに、かけがえのない人生があり、日々の笑顔があり、未来への希望があり、そして、幸せがあります。


パッチ・アダムスの言葉

 私の尊敬する医師で、映画「パッチ・アダムス」のモデルにもなった、本物のパッチ・アダムス氏は、”Health is based on happiness”(健康とは、幸せであるかどうかで決まる)と言っています。病気があろうとなかろうと、誰もが幸せになることができるし、それが本当の意味での健康だということです。そして、医療とは、病気を治すためにあるのではなく、人を幸せにするためにあるということです。

 パッチとは、2000年に初めて会い、2002年には、ある雑誌の企画で、単独インタビューをする機会がありました。そのとき、日々の診療で感じていたことを聞いてみました。

 「パッチ、日本では、病気自体が不幸だというイメージが根強いけど、治らない病気を抱える患者さんに、幸せを感じてもらうには、どうしたらいいのだろう?」

 パッチの答えは明快でした。

 「まず、君自身が幸せになること。そして、誰もが幸せになれると心から信じることだよ。それから、同じ想いを持つ仲間と一緒に、楽しく、愛に満ちた、創造的な環境をつくればいい」

 「がんの患者さんでも、幸せに過ごしている人はたくさんいる。そういう患者さんと語り合えば、何が彼らを幸せにしているか見えてくるはずだ」

 「がんという病気は、考え方次第で、扉を開くものにもなりうるし、扉を閉ざすものにもなりうる。誰もが自分の意志で、幸せになることを選択できる。自分の命はあと何日しかないと数えるよりも、『今日も私は生きている』と毎日を祝福して生きた方がいい」

 「死は敗北なんかではない。医療に勝ち負けがあるとしたら、勝利とは、最後までその人を愛し抜くこと。『生きるのは悲惨だ、誰も私を愛してくれない』と嘆かれたとしたら、それは医療の敗北だろう」



 このインタビューから10年以上たちますが、今でも、私の心に深く刻まれた言葉です。2014年5月、パッチは再び来日しますので、再会が楽しみです。


EBMを深化させた「HBM」

 この連載では、「エビデンス」と、「エビデンスに基づく医療(エビデンス・ベースド・メディシン;EBM)」の重要性を強調してきました。「エビデンス」は、患者さんと医療者との間の共通言語となるもので、これが世の中に広まれば、医療は、人々にとって、もっと身近なものになるはずだというのが、私の想いです。

 EBMという言葉が流行し始めた頃に、私は医師になりましたが、初めてこの言葉を聞いた時は、少し違和感を覚えました。当時は、EBMというのが、「患者さんの価値観」よりも「エビデンス」を重視するものだという誤解をしていたのです。研修医であった私は、「EBMも大事かもしれないが、より重要なのはHBMだ」なんて主張をしていました。

 HBMというのは、EBMをもじって私が作った言葉で、「人間性に基づく医療(ヒューマン・ベースド・メディシン)」のことです。EBMが、エビデンスに基づいて、「最大多数の最大幸福」を目指すのに対し、HBMは、人間性に基づいて、「一人ひとりの、その人なりの幸せ」を目指すものだと位置づけていました。

 実際には、EBMは、患者さん一人ひとりが直面する疑問点から出発し、エビデンスとともに、患者さんの価値観も考慮して、目の前の患者さんの利益が最大となるような判断をしようというものですので、EBMとHBMは重なり合っています。

 それでも、私の医者としての原点にあるのが、HBMですので、これからも、EBMをより深化させた、目指すべき医療として、HBMを追求していきたいと思っています。


医療の「目標」「根拠」「理念」とは

 医療の意味を考えるときの3つの質問があります。

 (1)医療は何のために行われるのでしょうか?
 (2)医療は何に基づいて行われるのでしょうか?
 (3)医療はいったいだれのものなのでしょうか?


 (1)目標、(2)根拠、(3)理念、についての質問です。

 今から約2400年前、「医学の父」と称されるギリシャの医師ヒポクラテスは、こう述べました。

 「私は、自分の能力と判断に従い、患者の利益となると考える養生法をとる」


 「ヒポクラテスの誓い」として知られる文章の一節ですが、ヒポクラテスは、この文で、「目標」「根拠」「理念」を明確に掲げています。

 ひるがえって、EBM以前の日本の医療がどうであったかと考えると、「目標」「根拠」「理念」は、必ずしも明確ではありませんでした。


 EBMの普及で近代化を成し遂げて、最近、ようやく、これらが明確になってきました。

 目標:最大多数の最大幸福
 根拠:エビデンス
 理念:根拠の共有、治療の標準化



 そして、次に目指すべき医療が、HBMです。

 目標:一人ひとりの、その人なりの幸せ
 根拠:人間性(一人ひとりの価値観、語り合い)
 理念:人間の「希望」「安心」「幸福」のための医療



 リンカーンのゲティスバーグ演説を真似まねて、HBMのことを、「人間の人間による人間のための医療」と紹介することもあります。

 医療の主体は「人間」であり、医療の根拠となるのは「人間性」であり、医療の目標は「人間の幸せ」だということです。

 「医療における人間解放宣言」、あるいは、21世紀版「ヒポクラテスの誓い」と言ったら大げさでしょうか。


 連載なんていう、慣れないことに挑戦したわけですが、読者の皆様、読売新聞社の皆様、医療関係者の皆様、そして、私の大切な患者さんたちからの励ましもいただき、ここまで続けることができました。皆様に、この場を借りて、心より感謝申し上げます。

 2014年が、皆様にとって、幸せな年になりますように!

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)
腫瘍内科医。東京生まれの神奈川育ち。1998年東京大学医学部卒。2010年より虎の門病院臨床腫瘍科部長。国立がん研究センター中央病院、東京共済病院などで、抗がん剤治療を専門に手がけてきた。がん薬物療法専門医会代表も務める。

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