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茂木健一郎のILOVE脳

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「プロレス的世界観」で踊ってみた

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 世の中に、意見の対立や、立場の違いというのはどうしてもあるものである。平和が一番だが、社会のダイナミクスという意味からも、ある程度の動き、あつれきがあったほうがおもしろい。

 問題は、そのような対立を、できるだけ「ガチ」の争いにしないコツを身につけることだと思う。ある人が、うまいことを言った。対立して、喧嘩けんかしていると思うからいけないのであって、「一緒に踊っている」と思えばいいではないか。

 最終的な目的は、いっしょに暮らせる、よい社会をつくるということであるはずである。政治の与野党対立から、経済活動上のライバル、身近で気に障って仕方がない人まで。あまり「ガチ」でぶつかり合うのはよくない。一緒に踊っていると思えば、人間として、あまり極端にならず、道も踏み外さない。


タイガー・ジェット・シンが教えてくれたこと

 以上のようなことを私に教えてくれたのは、実は「プロレス」である。

 小学校の頃、島村俊和くんという親友がいた。島村くんは、プロレスが大好きで、いつも「ゴング」という雑誌を読んでいた。

 島村くんが夢中になっていたのは、「千の顔を持つ男」といわれた、ミル・マスカラス選手だった。ヒット曲「スカイハイ」に乗って颯爽さっそうと登場するその姿は、当時の子どもたちの心を、わしづかみにしていた。

 ミル・マスカラス選手は、プロレス用語でいう「ベビー・フェイス」(善玉)。一方、私が一番好きだったのは、「ヒール」(悪役)のタイガー・ジェット・シン選手。その闘う姿勢に、強くかれていた。

 一度、島村くんに誘われて、ある街の市民体育館に、タイガー・ジェット・シン選手を見に行った。相手は、偉大なるアントニオ猪木選手。タイガー・ジェット・シン選手は、会場に姿を現すとすぐに、トレードマークだったサーベルを振り回して、大暴れした。試合開始のゴングが鳴るのを待たずに、いきなりアントニオ猪木選手に殴りかかる。そして、場外乱闘。両選手がパイプ椅子を蹴散らして走り回ると、サーチライトがそれを追う。場内アナウンスが、あおるように、「お気をつけください、お気をつけください!」と叫ぶ。いや、もう、大興奮だった。


「ガチ」な闘いほどつまらないものはない

 今思い出しても、あれほど楽しかったライブの経験はない、というほど、市民体育館のプロレス体験はすばらしかった。そして、今思うと、楽しかった理由は、あの時の闘いが「ガチ」ではなかったからだろう。

 プロレスのレフェリーを長年つとめたミスター高橋氏が出版した著書『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』(講談社、2001年12月)は、プロレスにおける「遺恨試合」などの対立構造が、詳細に仕組まれたシナリオに基づいているということを明らかにしている。一部には、そんな暴露は困るという声もあるようだが、個人的には、それでいいのだと思う。ガチな闘いほど、見ていて困るものはない。戦争は国家と国家のガチな闘いであり、多くの人を不幸にする。むしろ、お互いに間合いをとった、プロレス的世界の方が、よほど奥深いし、私たちの生命にそぐうのではないか。


「プロレスって八百長なの?」

 小学校の頃、私にプロレスの世界を熱く語ってくれた島村俊和くんが、中学校になって、ふと寂しげにもらしたことがある。「プロレスは、実はストーリーがあって、八百長だという人がいるんだけど、茂木くんはどう思う?」ぼくは、その時、島村くんにちゃんと答えてあげられなかった。今だったら、「プロレスはガチじゃないからいいんじゃないの?」と言ってあげられると思うのに。

 もちろん、プロレスをする人は、鍛えなければならない。身体を鍛えていなければ、何らかのシナリオがあったとしても、マットの上で耐えられない。

 投げられた時の受け身など、きちんとトレーニングしていなければ、ショーとしてのプロレスもできない。不幸にして、試合中の事故で亡くなってしまう選手もいる。本気で鍛えて、真剣にやってこそ、プロレスというショーは成立する。そして、そこにあるのは、対戦相手に対するリスペクトだと思う。

 私が、どうしてこう長々とプロレス的世界観について考察しているのかといえば、社会の中の対立は、プロレス的にとらえると救われることがたくさんあると思うからである。プロレスには、立場の違う相手に対するリスペクトがある。私自身、ツイッターなどで、社会のある事象を批判的にとらえることがあるが、いつも、あくまでもプロレス的な踊りだと思って言論している。これが、ガチになって、相手をたたきのめすまではやめない、みたいな感じになると、それは楽しい社会的な踊りとは、違うものになっていってしまうと思う。

 最近の社会は、なんだか世知辛くなって、立場の違う人を罵倒する風潮などもあるのであるが、以上のプロレス的世界観を、ぜひ参考にしていただきたいと、今回のコラムで取り上げた次第である。

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茂木 健一郎(もぎ けんいちろう)
脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。

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