文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

「近藤誠さんの本」の危険性とそこから学ぶこと

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 今年も残すところ、あと1週間以内となりました。

 皆さんはどんな1年でありましたでしょうか?

 本連載で2回にわたって近藤誠さんの『医者に殺されない47の心得』(アスコム)について取り上げました。同書は100万部を超え、オリコンでは今年上半期の本の部数ランキング・新書部門の2位に入っています。私がこの本の躍進現象に感じたことがいくつかあるので記します。


 私たちは今、非常に情報過多な時代に生きています。

 ネット世界の充実で、またFacebookやツイッターなどの発達で、個人が全世界に、大きな力で情報を発信することも可能になりました。膨大な情報が日々生み出され続けています。

 医療や健康に関しても玉石混交の様々な情報が日々発信されています。

 すると情報の受け手としては、もう何を信じていいのかわからなくなってしまうのです。その心の中では「結局どうなの?」という問いが渦巻いています。正解がわからないので「一番いいのを教えてよ」と口をついて出て来ます。

 それも道理です。人生において考えなければいけないことはたくさんあります。中でも医療の諸問題は専門的かつ答えが見えにくい、あるいは様々な人が異なったことを主張しているというもので、非常に悩ましく、時にもうこれ以上考えたくない、正解をわかりやすく教えてほしいという気持ちにもさせ得るものだと言えると思います。


エビデンスという衣をまとい、言い切り型の断定を武器に

 さて、皆が正解が見えずに悩んでいるところにエビデンス(科学的根拠)という衣をまとっているように見え、わかりやすい言い切り型の断定を武器としているのが近藤さんの本です。

 しかし実はエビデンスも「どんなに優れた臨床研究を行っても、100%片方の治療効果の方が優れているとか、100%治療効果に違いはないと言い切れる研究結果を出すことは不可能であり、これを便宜上確率を使って示している」(http://spell.umin.jp/EBM.htm)ものです。

 そう、エビデンスをよく知っている者ほど本来みだりに言い切りをしないという事実がそこにあるのですが、近藤さんの本は一般の方にわかりやすくして受け入れやすくするためにか言い切りが多く記してあります。一方でわかりやすさのため、正確さを多少以上犠牲にもしていると感じます。それらの具体的な例の一部を前回前々回の記事で述べました。

 実際には医療における諸問題は、その多くが白や黒で述べられるものではなく、容易に判断・断定できるものではありません。例えば以前の連載で記した胃がんの患者さんの例(『闘病だけで終わらないことが大事』)のようにです。

 しかしそれでも、情報を比較検討して、一番良いものを選んでください、良心的な専門家はしばしばそのように言うでしょう。それは100%がない世の中における一つの誠実な姿勢であると言えます。確かに情報が多く、時には正反対の情報が流れる中で検討し続けるということは非常に大変だとは思います。しかし、多くの情報を吟味したうえで自分の考え方や生き方にもっとも合った選択をするのが、一番の満足につながるのではないかと思うからです。


不満や不安の受け皿に

 もう一つ思うことがあります。

 近藤さんの本は、悩み疲れてしまった方々の一部の願望に合ったものを提供したといえるかもしれません。

 まず、がん医療を受けていらっしゃる患者さん。

 抗がん剤の治療は決して楽ではありません。

 「いつまでこれを続けなくてはいけないのかな…」

 生きたい気持ちはもちろんあるけれども、病院に定期的に通う生活で一定の制限はあり、経済的負担もある。家族にも迷惑をかけたくない。時に「止めたらどうなるのかな…」という気持ちにもなるでしょう。迷いもあります。病気の進行や死への恐れもあります。

 そんな時に「抗がん剤はやってもやらなくても変わらない。むしろやると命を縮める」というささやきがあったら。

 なるほど。
 「抗がん剤をやらなくていいんだ」「やるとかやらないとか、やめるとか続けるとか選ばなくていいんだ!」
 ――すごく楽だ。

 そう感じる方もいるでしょう。

 あるいは、ご家族。

 がんの経過は、最後が「早い」という特徴があります。

 この間まで元気だったがんを患っている家族が、急逝してしまった。

 「どうしてなんだろうか?」

 後悔が襲ってきます。

 その時に「医者は、ヤクザや強盗よりタチが悪いんです。(略)医者は、患者を脅して、お金を払ってもらった上に、しょっちゅう体を不自由にさせたり、死なせたりする」(『医者に殺されない47の心得』p9)と言う声が聞こえたら。

 なるほど。
 「医者が悪いんだ」「原因は医者なんだ」「医者を憎めばいいんだ」
 ――楽になった。

 そう感じる方もいるでしょう。

 一般の方。

 情報の過多で、何が正しいのかわからないと不満を感じている方がいます。

 原発の件や、降圧薬の大規模臨床試験の件などで、大きな組織あるいは集団には不信を覚えたりもします。

 そんな時に、「明らかなインチキも目につきます。たとえば採血だけではがんの診断はできないのに『採血すると、がんがわかる』と、採血大部隊を組織して街へくりだし、一般の人から大金をまきあげています」(同上p125)と言い切る声があったら。

 なるほど。
 「こうやって私たちをだまそうとしているんだ」
 ――に落ちた。

 そう感じる方もいるでしょう。

 このような不満や不安の受け皿となったのが、『医者に殺されない47の心得』なのでしょう。目立つタイトルのうえに権威という要素もあって、より多くの皆さんが手に取られたのではないかと思います。


患者のQOLを重視

 さて、私たちはどうしたら良いのでしょうか?

 情報の選択にあたっては引き続き、一つの見方の本を読んで、あるいは一つの見方の情報に触れて、それでわかったようにならないことでしょう。自戒も込めてそう思いました。特に物事の図式を単純化し過ぎた説明や、責任を一方に押し付けるような表現は、正確さを犠牲にしていることを認識しなければいけないでしょう。

 また、医療現場での(情報氾濫も背景にある)不信の構図を打破するためにはどうしたら良いのでしょうか。

 私が考える解決策は「患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ。生活の質、生命の質)を重視する」という緩和ケアの考え方をもっと医療現場に普及させることだと思います。

 病気を治すことも大切ですが、それと並行して、患者さんのQOLに最大限配慮されるべきです。そしてまたご本人が正当な情報を過不足なく受けて、そのうえで、医療者のサポートのもと、自分の考えにもっとも合った選択をするということをより支えていかねばなりません。

 QOLを重視するためには、緩和ケアの担い手がしているように、医療者によって患者の思いに十分な傾聴がなされ、穏やかな言葉で何が最良かをともに探してゆく姿勢が必要です。丁寧な説明、優しい語りかけも重要となるでしょう。

 医療現場は忙しく、実際に患者さんとそのような時間が取りづらくなっているのは事実です。だからこそ、過激な言葉で怒りをぶつけるのではなくて、あるいは不信感や不満をめてネットなどの別の場所で発散するのではなくて、お互いに絶えざる忍耐のもとに顔を見合わせながら最良を探してゆくという作業が必要ですし、もちろん医療者は言うに及ばず、誰にもそれが必要なのだと言えるでしょう。

 そうやって日本の医療の未来を救うのは皆さん一人ひとり自身なのだと私は思うのです。

 2013年の“今年の漢字”は『輪』でした。その言葉通り、来年も心ある医療者と患者さん・ご家族の信頼の輪が一段と大きくなることを願っています。

 来年もより良い年にしましょうね。皆さん、良いお年を!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話の一覧を見る

最新記事