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「自殺」を出版した末井昭さん(5)生きていれば良いことが

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 ――自殺する人はまじめなんだと、自殺はやらない方がいいけれど、悪いことでもいいことでもないともおっしゃっていますね。

 「そうですね。悪いこととは思えないですね。やむを得ない事情で自殺してしまった人とか、悩み抜いて自殺してしまった人を、悪いことをしたと言ってしまったらかわいそうです。自殺防止運動で、よく『命を大事にしなさい』とか、『命を大切にすることをみんなに知らせないといけない』というようなことを言いますけども、じゃあ自殺した人が命を大切にしなかったのかという問題があるんですよね。命を粗末にしようと思って自殺したわけじゃなくて、それなりの事情があってしているわけだから、違う風にいってほしいなと思いますね」

 「どんどん生きづらい世の中になっているんだから、よっぽど鈍感な人じゃないとこの世の中なかなか生き通せないようなところがあるんですよね。鈍感な人は鈍感な人でいいのですが、僕は嫌いだったんですよ。居酒屋で大騒ぎして、上司にごますったりしている人。本当にもういやだったんだけど、まあ今は、それはそれでいいのかなと思ったりはしますけどね。自分が自殺しないのは、鈍感だからというところもあるんです。自分も同じだと思えば、嫌いだった人も好きになれるんです」


サラリーマンに嫌悪感?

 ――デザイナーになりたてのころのキリキリした感じのころと違って、今は周りの人に対して優しい目線で見ていらっしゃいますね。

 「だってね、昔はね、本当に危ない話で。想像の中のみで絶対やらないと思うけど、人を殺したいと思っていたから。機関銃みたいなものが手に入れば、朝方駅からどーっと出てくるサラリーマン全員撃ち殺したいとか、そういう気持ちがありましたから(笑)」


 ――やはりサラリーマン的なものに対する嫌悪感が?

 「ありましたね。自分もずっとサラリーマンやってきて、今は大変なことはわかりますけどね。サラリーマンやっていいんだけど、会社が自分のよろいのようになったらまずいとは思いますね。退職してその鎧が取れたら、何をしていいかわからなくなったりする人もいますから。失敗している僕が言うのもなんですけど、結婚しているんだったら、まず会社より奥さんを大切にしないといけないでしょう。でないと、会社辞めたりリストラされたりすると、居場所がなくなりますから」


 ――ご自身ではどれだけきつい時も自殺しようとは思わなかったそうですね。

 「根が図太いんですよ。そういう生命力のようなものがあると思うんですよ。やっぱり原始時代を生きていたから、岡山の田舎で(笑)。それと、前に言ったように鈍感なところもある。だから自殺する人にコンプレックスを持っているのかもしれませんね」


自殺だけはしないように

 ――本の最後に、「みんな死なないで下さいね、生きていて良かったことっていっぱいあるんだから」と呼びかけていますけれども、日々生きていて良かったと思うことってたとえばどういう瞬間にあるでしょう?

 「家で妻と話しているときとか、友達と飲んだりマージャンしたりしている時とか、原稿を書いているときはちょっとつらいけど、書き終わったときとか。本にも書きましたけど、書き終わったら本当に踊っていましたね。何か楽しいことがあると踊るって、原始人みたいですけど(笑)。あと、パチンコやっている時も、ペーソスという僕らのバンドでサックス吹いているときも楽しいですね。よく美子ちゃん(※妻の神蔵美子さん)に、楽しいことがいっぱいあっていいねって言われるんですけど、会社を辞めて本当に楽しくなりましたね。美子ちゃんは、僕が会社を辞めて悪魔が家に入ってこなくなったと言うんです。会社でいやなこと、たとえば誰かをリストラするとかしないといけないとき、すごくいやですよね。そうすると家に帰っても暗い顔をしているから、美子ちゃんも楽しくなれないし心配もしますから」

 「本当に今はなんでも楽しいんです。何か食べているときも楽しい。僕は子供の時にそんなに豊富に食べ物があったわけじゃないから、食べるというのは好きですね。前にも言いましたけど、両親が心中した青木麓さんが、最近食べることに興味を持ち始めたと言うから本当に良かったなと思ったんですね」


 ――食べるとか、みんなが普段価値を見いだしていないことだって、楽しいんだと。

 「朝起きて、晴れていたら、それだけで楽しいという。雨が僕はだめなんですよ」


 ――そういうことを感じられるような心持ちになる、というのがまた難しいのかもしれないですが。

 「うーん。僕も昔はそうは思っていなかったから。一つは聖書の影響もあるかもしれない。あとがんになったことも。生きているんじゃなくて、生かされているという感覚が今はありますから」


 ――楽しいことがいっぱいあるというのは、結婚するとか大イベントだけではなくて、マージャンの卓を気心しれた仲間と囲んでというような。

 「何か、お互い心を開き合ってマージャンしたり飲んだり話したりしているとき、本当に楽しいですね。そういうときって、聖書的にいうと、精霊が働いているような気がするんです。聖書にパラダイスという言葉が一か所だけ出てくるんですけど、それはイエスが十字架にかかっているときなんです。イエスの隣に同じようにはりつけになった強盗に言っているんですね、『いまあなたと私は一緒にパラダイスにいる』って。その瞬間、イエスと強盗の心が通じ合っているんです。状況的には最悪ですよね、磔になっているんですから。でも、そういう最悪のときでも、人と人の心が通じ合えばパラダイスが起きるということなんです」

 「あと、たとえ一人のときでも、本の中にも出てくる作家の永沢光雄さんが、『どのような状況であれ、窓を開けた時にふっと入り込んできた小さな風に気持ち良さを感じられることができれば、その人の人生、勝ちである』と『声をなくして』という本で書いていますけれど、そういうことをそういう風に感じられるということがいいんじゃないかなと思いますけれどもね。生きていて良かったということにつながる気がしますよね。どんな人にも生きていて良かったという瞬間はあるんです。どんなに苦しい状態でも、今がドン底だと思えば、そこからどんどん良くなっていくわけだから、自殺だけはしないようにしてほしいです」

(終わり)

 
末井昭(すえい・あきら)

 1948年、岡山県生まれ。編集者。エッセイスト。工員、キャバレーの看板書き、イラストレーターなどを経て、75年から編集者に。「ウイークエンドスーパー」「写真時代」「パチンコ必勝ガイド」など、話題の雑誌を次々創刊し、写真家の荒木経惟さんらと一時代を築く。著書に、「芸術は爆発だったりすることもあるのだが、僕の場合、お母さんが爆発だった」という有名な出だしで始まる半生記『素敵なダイナマイトスキャンダル』(復刊ドットコム)『絶対毎日スエイ日記』(アートン)などがある。バンド「ペーソス」でテナーサックスも担当。

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