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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

近藤誠さんの「がん放置療法」でいいのか?

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 「先生、『がんもどき』ってどう思いますか?」

 「最近、放置して良いという本を読みました。私のやった治療は無意味だったのでしょうか?」

 こんな相談をされる機会が増えました。

 緩和医療医ががんの治療中から関わる現在、少なからぬ患者さんが、がんにまつわる様々な悩みをおっしゃられ、私たちはそれを傾聴します。その中にこの件が出てくることがあるのです。

 「がんもどき」と「がん放置療法」は100万部を突破した『医者に殺されない47の心得』(アスコム)の著者で医師である近藤誠さんが唱えている説のことです。


検診や早期治療を否定…世界でも類のない理論

 近藤誠さんは、日本だけならず、世界でも類のない「がんもどき」理論を唱え、がんの検診や早期治療を否定しています。

 『医者に殺されない47の心得』でも、検診では「全がん死亡率は下がらず」、従って「何の役にも立っていない」(p51)と断言されていますが、この結びつけが明らかな誤りです。10万人のうち何人ががんで亡くなったかというがん死亡率は高齢化が進めば上がるのが当然で、対策がうまくいっているかどうかは年齢構成の影響を取り除いた年齢調整死亡率で行わねばならないのです。その全がんの年齢調整死亡率は低下しています。近藤さんがそれをご存じないとは思えませんから、検診無効と主張されたいところから、おそらくわかってやっていらっしゃるのだと思います。

 なおがんの早期発見のための検診を行っている国は日本ばかりではなく、「諸外国のがん検診の制度等に関する調査結果」(厚生労働省=2007年)によると乳がん及び子宮頸がん検診はアメリカ、イギリス、ドイツ、カナダ、オランダ等で行われており、大腸がん検診もイギリス、フランス、ドイツ、カナダ、フィンランド等で行われています。「日本だけががん検診を行っているという特殊な状況」というわけではありません。検診の根拠を支持しているのは、たとえば大腸がん検診を例に取れば、便潜血検査による検診が大腸がん死亡率を減少させたというメタアナリシス(複数のくじ引き比較試験の結果を統合したもの)<Towler B ら=1998年>等でしょう。


 ここからは、がん研究の世界的な第一人者ロバート・ワインバーグ博士の著書『がんの生物学』(武藤誠・青木正博訳、南江堂)の記載から考えましょう。あまたの研究成果から、がんがどのようにしてでき、転移するのか、そのメカニズムを解説している優れた教科書です。

 同書でもがんの年齢調整死亡率が低下していることが示されていますが、その理由は「子宮頸がんと大腸がんに関しては検診の普及による」「大腸がんによる死亡率は減少し始めている、というのは早期発見と腫瘍の外科的切除で腫瘍進展の早期までしか進行していないものを除去できるからだ」(p726)と記されています。

 一方で「(アメリカで)現在診断されている浸潤性乳がんの多く、おそらく4分の3以上は全く治療を施さなくてもその患者の死に影響しない可能性が高く、西洋で診断されている多数の前立腺がんも非常によく似た状況であることを示唆している」(p728)とあるように、放置して生命に影響しないがんがあるのは事実です。それは例に挙がっているように、乳がんや前立腺がんでしばしば認めるものです。

 以上より、がんの中には治療をしなくても死に影響しないものがある一方で、早期発見と治療によってもがんの年齢調整死亡率が下がっているのが事実なのです。早期発見と治療で命を救われる人がいるのです。


「治らなくてもかまわない」なら…

 近藤さんの「がん放置療法」は、そのがんが「がんもどき」だったら命には関わらないので放置して大丈夫、そのがんが「本物のがん」だったらどんな治療をしても効果がなくむしろ命を縮めるので放置で良いというものです。

 しかしこの話は、「治らなくてもかまわない」と考えている方以外は信じないほうが良いものだと言えます。

 なぜならば「がんもどき」と捉えて放置していた(早期治療で治るはずだった)早期がんが進行して、治らない進行がんになってしまう可能性があるからです。

 近藤さんは乳がんの温存療法のことで業績があるなど、乳がんを多く診療してきたと考えられます。乳がんは、先に示したように、進行しないものや消えるものが一定数ありそうなのです。だからかもしれませんが、近藤さんはそのような「進行しない」がんが多いと考えているようであり、それを全がんに当てはまるように述べています。けれども早期がんが時間の経過とともに進行がんに変わるのは胃がんや大腸がんなど内視鏡で観察できるがんで確認されていることであり、早期がんは進行しないとは言えません。たとえば早期胃がんにおいても、診断されて手術をしなかった患者の半数以上が同病の進行により亡くなったという研究があります(Tsukuma H ら=2000年)。

 また近藤さんが「本物のがん」と呼ぶ転移している進行がんの場合でも、がんの種類や転移している場所によっては、標準治療で完全に治り得るがんがあります。進行した大腸がんの肝臓への一つだけの転移などは好例です。転移があるから「本物のがん」と捉えて放置すれば、本当は治るはずだったがんを治せません。


「がんもどき」という言葉は存在しない

 このように少しでも「治りたい」気持ちがある方が、がんを「がんもどき」あるいは「本物のがん」と考えて放置すると、治るはずだったがんが治らなくなってしまいます。

 なお近藤さんが、がんを「がんもどき」と「本物のがん」に分けていますが、これは世界でも近藤さんただ一人の分け方で、がんはすべてがんであり、(近藤さんの使い方での)「がんもどき」という言葉は存在しません。ここからはすべて「がん」と記します。

 問題は、残念ながら現在、どれを治療しなくて良いがんなのか、どれを治療したほうが良いがんなのか、完全にはわからないことです。

 ワインバーグ博士も、「本当に積極的な治療を必要とする腫瘍と、無視してもよいか進展の兆候がないかを定期的に監視するだけでよい腫瘍を識別できるような分子マーカー群を開発することが、どうしても必要である」(p728)と述べています。

 しかし、たとえば肺がんにおいて特定の遺伝子変異があると、この薬剤が効きやすい、ということがわかるようになって来たことなどから、今後はがん細胞がどのような遺伝子を有しているかで特性まで把握することができるようになって来るでしょう。治療に関しても、遺伝子検査で調べた腫瘍の特性に合わせた治療がされるようになって来ています。

 もちろん様々な情報を得たうえで、治療しないという選択肢もあるでしょう。一方で、進行しないと捉えて放置したがんが進行して後悔する可能性が自らにあるのならば、または、そのがんを治したい場合は、先の研究に示したように早期がんにおいても進行して死に至るものが存在する以上、〈1〉治療しても治せないがん〈2〉治療によって治せるが、治療しないと進行して死に至るがん〈3〉ゆっくり進行するため他の病気による寿命が先に来るがん〈4〉進行しないか消えるがん(※)を完全に事前分別できるようになっていない現在は、専門家の話を聞いてしっかり納得したうえで治療を受けたほうが良いということになるでしょう。


(※)近藤さんの説である「がんもどき」理論では〈1〉を「本物のがん」、〈4〉(あるいは〈3〉も?)を「がんもどき」とすると考えられますが、同理論の分類では実際には存在する〈2〉を認めていないので、全てのがんをカバーできないところに実情と合わない点がありそうです。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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