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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

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「本当の希望」は治療以外のところにある

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 Aさんは、11年前に乳がんの手術を受けた後、7年前に転移が見つかり、ホルモン療法を受けたものの、病状は徐々に進行し、2年半前に、私の外来を受診しました。そのときは、首からわきの下に広がる腫瘍のせいで、頭を動かすのも、ものをのみ込むのも、声を出すのも大変な状況でした。

 Aさんは、当初、抗がん剤治療を拒否していたのですが、話し合いの結果、「がんとうまく長くつきあう」ために、抗がん剤と分子標的治療薬を使うことになり、これがよく効いて、つらい症状から回復し、笑顔を取り戻しました。


進行がん患者Aさんの「幸せ」

 このエピソードは、昨年はじめに読売新聞に連載した「がんの診察室」の第1回でも紹介しました。

 その後2年近くたちますが、Aさんは、いくつかの抗がん剤や分子標的治療薬を使用し、途中で臨床試験にも参加して、今も、病気と向き合っています。病状はある程度コントロールできていましたが、最近になって、脳転移が出現するなど、病状の進行もみられています。

 Aさんは、進行がんと向き合う患者さんの気持ちを、いつも率直に語ってくれます。思いをつづったお手紙をいただいたこともあります。

 「最初の頃は、『なんで、私だけ?』と思うこともありましたが、病気の原因を誰かのせいにしたり、環境のせいにしたりしても、焦りや不満が増えるだけで、何もいいことはありません。現実をしっかりと受け止めて、まわりに感謝しながら生きる方が、心が豊かになり、気持ちも楽になります」

 「『もっといい治療があったらいいのに』と思ったこともありますが、そういう『ないものねだり』は、ネガティブな思考に行きがちです。今ある医療を受けられる幸せに気づくことが大切だと思います」


 いつも見せてくれる笑顔の奥底には、幾多の苦しみもあったわけですが、そんなAさんから聞く、「感謝」や「幸せ」という言葉には、重みがあります。


病気とどう向き合えば希望を持てるか

 がんの薬物療法は、ここ数十年の間に、だいぶ発展しました。最近は、分子標的治療薬と呼ばれる、新しいタイプのお薬も次々と登場し、進行がんも、ある程度コントロールできるようになってきました。

 それでも、進行がんを根治させる、すなわち、体全体に広がっているがんを、根こそぎゼロにするのは困難です。一定期間コントロールできても、やがて、命を脅かすようになってくるのが、進行がんの現実です。

 そんな現実の中で、どのような距離感で治療に取り組み、病気と向き合えば、希望を持ち、まわりに感謝し、幸せを感じることができるのでしょうか。とても難しい問いですが、私たちがきちんと考えなければいけない、医療の根本的な問題だと思います。

 今、私たちは、科学の急速な進歩を目の当たりにしています。進化したコンピューター端末が人々の手に行きわたり、宇宙探査機がはるかかなたの天体に到達し、そして、未来を拓くiPS細胞がお茶の間の話題になっています。iPS細胞をめぐっては、「がんを克服できる日も遠くなさそうですね」なんていうコメントも聞こえてきます。

 でも、進行がんの厳しい現実と向き合う患者さんは、ギャップを感じます。

 「これだけ科学が進歩しているのに、なんで、私のがんは治せないのだろう」

 テレビや雑誌を見れば、がん医療に関する夢のような話もたくさん紹介されています。「画期的な治療法」であったり、「劇的に効く新薬」であったり、マスメディアは、患者さんの気持ちを煽(あお)るように、刺激的な表現で情報を流します。でも、その多くは、科学的根拠が乏しく、「エビデンスに基づく医療(EBM)」のルールを逸脱した情報で、患者さんの役に立つことは、あまりありません。


「見せかけの希望」にすがりつく患者

 切羽詰まった患者さんは、そんな「わら」のような情報にすがりつこうとしますが、「わら」は「わら」ですので、溺れている人を救うことにはなりません。

 患者さんに溺れているように思いこませて、「わら」という「見せかけの希望」をばらまいているのが、今の社会構造のように思えます。

 患者さん自身が、「自分は溺れているわけではない」「切羽詰まっているわけではない」と気づくことができれば、この状況から抜け出すことができるはずなのですが、なかなか容易ではなさそうです。

 根拠の乏しい「夢の治療法」の情報を安易に流すべきではない、という意見を言うと、「患者から希望を奪うのか」というお叱りをいただくこともあります。でも、「見せかけの希望」にすがりつくことで、「本当の希望」を見失ってしまうことこそ、「希望を奪われる」ことではないかと、私は思っています。

 Aさんは、こう言います。

 「治療にすがって、『ないものねだり』をしても、気持ちは満たされませんが、現実を受け止め、現状に感謝の気持ちを持てば、病気や治療以外のことにも目を向ける余裕が生まれます」


 「本当の希望」というのは、治療よりも身近なところに、普通にあるものなのでしょう。それに気づくだけの心の余裕が、私たちには必要なのかもしれません。家族や友人とのつながりであったり、仕事であったり、創作物であったり、人生で積み上げてきたものの中にこそ、「本当の希望」は存在するのであって、それは、治療によって得られる希望よりも、ずっと大きいはずです。


満たされるかどうかは「心の持ちよう」

 今受けている治療が効いているのであれば、それに感謝しながら、恩恵を最大限享受すればいいし、効果がなかったとしても、「もう絶望だ」なんて思い詰めずに、治療とは別のところにある「本当の希望」を見つめなおせばいいのです。

 今受けられる医療だけでも、「がんとうまく長くつきあう」ことを目指した医療を組み立てることは十分に可能ですし、その医療は10年前の患者さんからみれば、「切望していた10年後の医療」であるわけです。この10年間の進歩に感謝して、「いい医療を受けられた」と思うか、今から10年後の医療を夢見て、「十分な医療を受けられなかった」と、「満たされない気持ち」を抱くかは、患者さん自身の心の持ちようなのかもしれません。

 「もっといい治療があるはずだ」と思い続けている限り、「満たされない気持ち」は、どこまで行っても、満たされることはありません。

 「テレビで紹介されていたあの治療を受けたい」という患者さんが、希望通りの治療を受けても、「アメリカにいたらもっといい治療を受けられるのに」という患者さんが、渡米しても、「あと10年長生きできたら、新薬の恩恵を受けられるのに」という患者さんが、10年後にタイムスリップしても、結局、「満たされない気持ち」は同じなのではないかと思います。

 実際、「満たされない気持ち」を抱きながら、悶々もんもんと過ごしている患者さんは多くおられます。いくら、抗がん剤で生存期間が延びたとしても、これでは、その恩恵を十分に享受できているとは言えません。


「病気」に偏らず、人生全体を見渡そう

 今の世の中は、「病気が治るか治らないか」「抗がん剤をやるかやらないか」「新薬が使えるかどうか」「治療が効くか効かないか」といった、「病気」や「治療」への視点に偏りすぎているのかもしれません。

 もっと人生全体を見渡して、「希望」「感謝」「幸せ」を感じることができたら、それは、治療の進歩以上に価値があることですし、それを支えるのが、本当の医療なのだと思います。


 余談ですが、最近、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」に合わせて、日米のがん医療に携わるスタッフがダンスを披露する動画が公開され、話題になっています。
http://www.youtube.com/watch?v=0XGnzYMoX3g&feature=youtu.be

 恥ずかしながら、私の下手なダンスも一瞬だけ映っています。

 未来はそんな悪くないよ
 Hey! Hey! Hey!
 ツキを呼ぶには笑顔を見せること

 楽観的な歌詞ですが、なんだか元気になれる歌です。

 これからも、人間本来の可能性を信じて、患者さんの笑顔と未来を支えられるような医療を目指したいと思います。

 愛とフォーチュン(幸運)をすべてのがん患者に!

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)
腫瘍内科医。東京生まれの神奈川育ち。1998年東京大学医学部卒。2010年より虎の門病院臨床腫瘍科部長。国立がん研究センター中央病院、東京共済病院などで、抗がん剤治療を専門に手がけてきた。がん薬物療法専門医会代表も務める。

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