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一緒に学ぼう 社会保障のABC

yomiDr.記事アーカイブ

国民皆保険・皆年金(20)現在の問題点

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 日本の社会保障制度の大きな特徴である「国民皆保険・国民皆年金」について、これまで、「皆保険・皆年金とは一体、何なのか」「いつ頃、どういう経緯で出来たのか」を見てきました。今回から、「現在、問題になっていることは何なのか」「どうすればよいのか」といった事柄について、一緒に考えていきたいと思います。

 「保険料を負担できない人まで制度に含める」という矛盾をはらんではいるけれど、「国民みんなに年金や医療を保障しよう」という高い理想を掲げた国民皆保険・皆年金のお陰で、日本は世界でも有数の長寿国となりました。

 日本人の平均寿命は、男性は79.94歳、女性は86.41歳(2012年)。まだ延びると予測され、とりわけ女性の平均寿命は、やがては90歳を超えると推計されています。一方、生まれたばかりの赤ちゃんの死亡率は、日本は世界各国の中でも最も低い部類に属しています。これらは、一定額の自己負担で、誰もが、いつでも、全国どこの医療機関にも等しくかかれる「国民皆保険」の 賜物たまものといえるでしょう。かつて、農村に医者がおらず、いても医療費を支払えないために娘を身売りした時代があったなど、今では想像もできません。

 また、現在では、高齢者世帯の平均所得の約7割を公的な年金が占め、高齢者世帯の6割以上が公的年金だけで生活しています。「国民皆年金」のお陰で、老後の生活不安は減り、年金はもはやなくてはならない存在となっています。世界を見渡せば、不衛生な環境のために、感染症で命を落とす子供や、公的な年金制度がないために、不安を抱えながら老後生活を送らなければならないお年寄りがいます。そうした中で、日本は、世界がうらやむ生活水準や長寿を手に入れました。国民皆保険・皆年金が果たした役割は大きかったといえます。

 しかし、今、社会保障制度は「揺らいでいる」と言われます。「崩壊寸前」「崩壊している」という人すらいます。なぜなのでしょう。国民皆保険・皆年金という観点から、その理由を見てみたいと思います。

 近年、これまで順調に伸びてきた社会保険料収入の横ばい状態が続いています。景気の影響はもちろんですが、社会保険料の支払いを支える「雇用」という土台が揺らいできたためです。年金保険制度にしろ、医療保険制度にしろ、社会保険は、安定的に働いて、保険料を拠出してくれる層がいて初めて成り立つ制度です。高度経済成長時代には、正社員・終身雇用・年功序列型賃金が当たり前で、保険料の拠出も順調でした。しかし、経済のグローバル化で国際競争が激しくなり、企業は、パートやアルバイト、派遣社員などの非正規労働者を多く雇うようになりました。現在、雇われて働いている人の約38%は非正規労働者です。日本の非正規労働は、働く時間が短いために賃金が低いというだけでなく、雇用の条件や待遇が不安定で、劣悪だといわれています。賃金が低ければ、保険料を納付するのも苦しくなります。非正規労働という不安定雇用で働く人が増えるにつれ、社会保険料収入が落ちてきたのです。逆の立場から言えば、拠出に基づく給付を軸とする社会保険方式を維持するには、雇用がしっかりしていること、つまり、すべての人が働き、自立して保険料を納め、その対価として給付を受けられることが大切な条件となります。

 すべての人が能力を生かして働き、安定した職と生活を得られることは、何も社会保障制度や社会保険方式を維持するためだけではなく、日本の社会が活性化するために不可欠なことです。とりわけ、学校を卒業しても働き口がない、あっても劣悪な労働条件の会社だけとなったら、それこそ社会は活気を失ってしまうでしょう。

 世界に誇る国民皆保険・皆年金を軸とした日本の社会保障制度が揺らいでいる要因として、不安定化した雇用の存在は大きいのです。次回も引き続き、この問題について見ていきたいと思います。

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猪熊律子(いのくま・りつこ)
読売新聞東京本社社会保障部デスク。 1985年、読売新聞社に入社。地方部、生活情報部などを経て、2000年から社会保障部に在籍。1998~99年、フルブライト奨学生兼読売新聞海外留学生として、米スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム「ジョン・エス・ナイト・フェローシップ」に留学。2009年、早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了(社会保障法)。好きな物:ワイン、映画、旅、歌など。著書に「社会保障のグランドデザイン~記者の眼でとらえた『生活保障』構築への新たな視点」(中央法規)など。

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