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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

「モルヒネは怖い薬?」の続き

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 前回の診察室でのやり取りの続きです。60代男性、進行胃がんの患者さんであるCさんへ私の質問です。

 「Cさんは医療用麻薬を使えば、痛みはすべて消えると思います?」

 「だって、痛む感覚を麻痺まひさせるんだろう? 頭もぼんやりさせて痛みに鈍感にするとか」

 「痛みが伝わるのを妨げるほか、痛みを和らげる神経も活性化させますが、ぼーっとさせて苦痛を取るものではないですよ。普通に飲みながら仕事をしてらっしゃる方もたくさんいます。ぼーっとしていたら仕事になりませんからね」

 「じゃあ麻薬って、頭がぼんやりして痛みを感じなくさせるわけじゃないんだ!」

 「そうです。あと一応念のためですが、医療用に使う麻薬なので『医療用麻薬』と呼んでいます」

 「へーそうなんだ。医療用麻薬を飲んでいても、こないだ腕をぶつけたら痛かったもんな。頭がぼーっとしていたら痛みを感じなかったはずだよね?」

 「そうです。医療用麻薬には得意な痛みとそうではない痛みがあります。あまり得意ではない痛みに関しては、ものすごくよく効くわけではありません。腕をぶつけたりするような痛みには効きづらいんですよ。だから痛みを全く感じなくなるわけではありません」

 「そうなんだ。だからモルヒネ…じゃなくて『うんちゃらコンチン』を飲んでいるのにまだ背中も痛かったのか!」

 「痛みは取れていませんか?」

 「ええ。病院の先生にはその『コンチン』を増やせばだいたいの痛みは取れるって聞いたんです。でも全然取れなくて。チリチリピリピリした変な感覚もあるんですよね」

 「なるほど、そうでしたか」

 「あと俺のがんは胃がんでしょ? 何でおなかだけじゃなくて背中が痛いんかね? こないだは向こうの先生に整形外科にかかったらと言われました。腰が悪いんじゃないかってね」


 私はCさんが今かかっている病院から届けてもらったCT検査の画像をパソコンの画面に表示しました。


神経の痛みには効きにくいことも

 モルヒネや医療用麻薬は万能薬ではありません。

 内臓の痛みにはとてもよく効きます。しかし骨の痛みや神経の痛みには、しばしばそれだけでは不十分なことがあります。

 確かに量を増やせば痛みは軽減します。けれども、得意ではない痛みに増やしすぎても、眠気ばかり出てしまって痛みはあまり取れないということもあるのです。

 Cさんの胃がんは大動脈の周りにあるリンパ節に転移しており、これは神経が走っているところの近くなので神経を刺激していることによる痛みなのです。大動脈の周りのリンパ節は背中のほうにありますから、背中が痛いのもそこから説明ができます。

 「腫瘍がここでおそらく神経を刺激しています。神経の痛みは、医療用麻薬はすごく得意というわけではありません。実はCさんもオキシコンチンが既に1日120mgとそこそこの量を飲んでいます。それでも不十分なんですよね?」

 「え? 俺、麻薬をそんなに飲んでいたの? 確かに先生は麻薬の量を増やせば取れるって言うんだけども、あまり変わらなかったね。最近眠いし…」

 「そうですか。Cさんの痛みを和らげるには良い方法があります」

 「そんな方法があるならぜひともやってください。でも眠くなるのは…」

 「眠気も増やさず、痛みは減らし、薬も減らせる可能性があります」

 「え!? 本当に!?」


引き出しの多さ…緩和医療医の真骨頂

 私は神経ブロックを提案しました。

 神経ブロックとは麻酔科の専門家が行う技術で、背中などから針を刺して、痛みの原因となっている神経やその近くに薬剤を注入するなどして、神経の痛みを感じなくさせる方法です。なかなか緩和するのが難しい神経由来の痛みにも有効なことが多いのです。

 緩和医療の専門家は麻酔科の専門家とも協力しています。すぐにCさんを麻酔科の先生に紹介し、後日Cさんから「痛みがすっごく良くなったよ!」と笑顔の報告を受けました。

 このように医療用麻薬は万能薬ではありませんが、その他にも痛みを和らげる方法はいろいろあるのです。

 私自身、一般の科の先生が考えられる鎮痛策を全部やったけれども良くならなかったといって紹介されてきた患者さんで、「確かにこれはもう本当に手立てがない」と思ったことは一度もありません。まだやれる症状緩和法はありましたし、ほとんどの場合、緩和医療の専門家が関わることで、痛みは今よりは緩和されるのです。

 この引き出しの多さが、緩和医療医の真骨頂です。使わない手はありません。

 モルヒネは鎮痛薬の一つの選択肢に過ぎませんし、それ以上ではありません。他にも緩和医療医は商売道具をたくさん持っていますから、皆さんがモルヒネを過剰に恐れることも信仰することも現在では間違いだと言えるでしょう。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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