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[揺れる命]世界は今(1)新出生前診断 米で急拡大

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 妊婦の採血だけで胎児のダウン症など染色体の病気が高い精度でわかる新型出生前診断が日本で4月に始まってから半年以上がたった。先行する海外ではどう利用し、受け止めているのか、最前線を報告し、日本での今後を考えたい。


「妊婦の知る権利」 法・倫理規制なし

妊婦の血液が毎日運び込まれるナテラ社の分析室。結果は数日中に判明、医療機関に伝えられる(米カリフォルニア州で)=高倉正樹撮影

 米カリフォルニア州、半導体企業が立ち並ぶシリコンバレーの一角に、検査会社「ナテラ社」が入る4階建てのビルがある。

 「ここが我が社の心臓部。中東、欧州、アジアなど15か国から届く血液を分析しています」。7月、施設を訪ねた記者に案内役の社員はそう説明した。人気のない一室に高性能のDNA分析機器が並び、音もなくデータ解析を続けていた。

 毎年、妊婦全体の6割にあたる260万人が何らかの出生前診断を受ける米国では、2011年秋以降、4社が精度や分析時間が異なる新型検査でしのぎを削る。米国内だけで年間売上高6億ドル(585億円)とされる巨大市場に発展しつつある。

 ナテラ社は最も後発だが、国内外の需要の多さから分析施設を倍に拡張し、従業員も3倍に増やすことにした。「採血だけで安全に検査できるメリットが、多くの妊婦に受け入れられている」と同社はみる。結果はインターネット経由などで病院に送られる。内容を知った妊婦がどう選択するか、検査会社は関知しない。

 1973年に連邦最高裁が人工妊娠中絶を合法とする判決を下してからも、中絶反対派と容認派の対立が続く米国だが、新型検査への目立った批判は少ない。

 首都ワシントンに拠点を置く中絶反対派の民間団体のクリスティ・ハムリック氏は「問題は、検査後、周囲から妊婦に中絶すべきだと不当な圧力がかかることであって、検査自体は否定も肯定もしない」と言う。

 「米国では、情報を得ることは個人の権利であり、中絶自体を違法と主張しても、妊婦には胎児の状態を知る権利があると考える人が多い」とカリフォルニア大法科大学院のジェイミー・キング教授は説明する。遺伝検査は医薬品のような規制がなく、米食品医薬品局(FDA)の審査の対象外だ。法規制についても、倫理に関しても議論が尽くされないまま、新型検査は浸透している。

新型出生前診断をめぐる各国の対応

 新型検査は、人間の全遺伝情報(ヒトゲノム)が10年前に解読され、医療への応用が始まって可能になった。そして今、国境を超え、世界に広がっている。

 日本では、すでに約3000人が受けたとみられる。現在は臨床研究の段階だが、今後、一般の医療として広がる可能性がある。

 「数百万、数千万人が対象の新型検査は、ヒトゲノムがもたらした最初の『大鉱脈』だ。ワクチンやCTスキャンの発明にも等しい医学界の革命になる」。検査会社「ベリナータ・ヘルス社」のバンス・バニエ社長は自信たっぷりに語った。

 

診断陽性「でも産む」 ダウン症児訪ね決断

米3州 75%中絶

ダウン症のグレイシーちゃん(左)の誕生で「家族みな、他人を思いやる気持ちが深まった」と母のメラニーさん(中央)(7月、マサチューセッツ州ボストン郊外で)=高倉正樹撮影

 「ダウン症の赤ちゃんが生まれる確率は1000分の1です」。6月、米ニュージャージー州の産科クリニックで新型出生前診断を受けたアマンダ・ローチさん(36)の携帯電話が鳴った。遺伝カウンセラーの女性からだった。「安心したわ」とアマンダさんは答えた。

 クリニックでは、新型検査を受ける妊婦が1年で500人に達した。採った血液は、翌朝に検査会社に届くよう1日2回、宅配業者に渡す。検査会社とクリニックはオンラインでつながり、解析結果は瞬時に届く。

 米国では民間保険の多くが新型検査をカバーしており、本人負担は200ドル(約1万9000円)以下だ。3倍ほどかかる羊水検査に比べ手頃でもあり、5年後には米国内だけで年間150万~200万人が受けるとの予測もある。

 だが、検査普及は人工妊娠中絶の拡大につながりかねない。カリフォルニアなど米3州の調査では、旧来の出生前診断で胎児がダウン症と診断がついた妊婦の75%が中絶していた。全米でのダウン症出生人数も、17年間で約1割減った。「新型検査の登場でダウン症の中絶が広がり、出生がさらに減る心配はある」と、マサチューセッツ州ダウン症協会のコリーン・エンドレスさんは表情を曇らせる。

 同州のメラニー・マクラクリンさん(46)が、従来の羊水検査で胎児がダウン症「陽性」と知ったのは6年前。買い物をしている時に結果を知らせる電話を受け、店の中でぽろぽろ泣いた。インターネットで同州のダウン症協会を見つけ、電話をした。「ダウン症の子を育てている家庭を紹介するわ」との説明に、「うまくいっている家族に会わせたいんでしょ。障害の重い子にも会いたい」と頼んだ。

 紹介された二つの家庭を訪れた。実際に会って、良い面も大変な面も分かった気がした。何より、子どもはとてもかわいかった。

 「結局、保障される人生なんてない」。夫の支えもあり、出産を選んだ。ダウン症の娘、グレイシーちゃんは5歳。メラニーさんは今、新型検査でダウン症とわかった妊婦を家に招き、自分がそうしてもらったように話を聞く。二度と連絡が来ない人も、産む決断をした人もいる。「でも、軽々しく決めた人は一人もいない」

 米国では、障害児がほかの子どもと同じ学級で学び、社会で働く姿も増えたことで、ダウン症への見方も変わりつつある。カリフォルニア大サンディエゴ校病院のアンドリュー・ハル医師は「障害者への支援は十分とは言えないが、出生前に知った上で産むことを選ぶ妊婦も増えている」と話す。

 新型検査は実用化後わずか2年で、欧州、アジア、南米、アフリカに広まった。

 インドでは、今年8月から始まった。検査を扱う産科施設のプラビン・キニ博士は「まだ価格が高く富裕層向けだが、普及すれば人気を集めるのは間違いない」と話す。一方、欧州では昨年、イタリア、スペインなど26のダウン症協会・障害者団体などが、出生前診断そのものへの反対運動を起こした。

 日本で新型検査が始まってから半年余り。カウンセリング体制のある31施設が認定され、妊婦の血液を米の検査会社に郵送している。採血だけの検査だが、結果を知った後の判断はとても重い。個人主義が徹底し、多様な考えを認める米国と、社会的議論を呼ぶ欧州。日本でも、新型検査といかに向き合うか、妊婦をどう支援するかが問われる。(この記事は2013年10月30日に読売新聞朝刊に掲載されました)

〈新型出生前診断〉
 妊婦の血液中にある微量の胎児のDNAを分析し、染色体の病気を調べる。従来の出生前診断には超音波検査、羊水検査、血液中の特定の物質を測る母体血清マーカーなどがある。新型検査は簡便で精度も高いが、確定させるには羊水検査などが必要。

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