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4件 のコメント

家内、一人になったらどうするのだろう

めざめたじいさん

目まい、吐き気で救急搬送された家内、気温が下がるほどに症状がなくなり、少しずつ動いています。
マンション暮らしも3年になりますが、まだ使い方を覚えず来訪者に迷惑をかけています。
インターホーンのチャイムが鳴っただけで落ち着きません。私が手が離せないときは家内が出ます。「どうぞ」と言うなりスイッチを切る。慌ててドアーの施錠解除ボタンを押すが、もう開かない。再度チャイムを鳴らして、「ドアーが開かないのですが」と。「今行きます」とエントランスホールまで歩いて行く始末。
ー施錠を解除するには、、、「分かってます。このボタンを押せば良いんでしょう」。しかし、次の方も同じことになってしまう。
仕方がないので、私がインターホーンを押して、家内に練習させようとする。「どうして、キーを持っているのに、自分で開けないの」と怒る。練習などと言ったら「馬鹿にしないでよ、子どもでもあるまいし」
ちょっと手の込んだ操作は、ほとんど飲み込めてない家内。私がいる限り心配ないが、その先を考えると・・・ガスの取り扱い方が一番心配、換気扇を使うこと、消し忘れ、衣服に燃えつかないか。

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要介護1の家内と一緒に

めざめたじいさん

私も昭和1桁同志の夫婦。後継者が「週1ぐらいは元の職場に顔を見せてください。お家にいるとぼけますよ」。しかし、家内は53年間勤め上げた職場に顔を出すことはなかった。退職後1年は持ったが、2年目の夏はひどかった。目まい、吐き気で1ヶ月に2回の救急車騒ぎ。目はうつろ、時々あらぬ方を向いている。

家内に「ひとりになったら、食事の支度が出来るように料理教室に行ってね」。忠実に守り、時々台所に立つ。しかし、家内は行き場を失い、「もう私がいなくても、ひとりでやっていけるね」と、寂しそうに言う。目まいが直ったら耳が遠くなった、目がかすみ白内障と診断。入れ歯も合わなくなった。食も細くなり、体重は目に見えて減少。

病院通い、車を出そうか?と言ったが、いや待てよ。ひとりで歩けるのだったら歩く方がいいのでは。送り出す前に、車に気をつけるのだよ、道に迷ったら携帯をかけるように、、、遠ざかる彼女の足元が頼りない。無事に帰ってきたときにはほっと胸をなで下ろす。

3口のガスコンロ、2つには安全装置が付いているが、小さいのには付いていない。家内は鍋の下に点火したと言い張る、しかし安全装置のないところに点火していた。気がついて「これを言うべきか、言えば自信をなくすだろう」。火に関しては言うべきだと思い、切り出すと「私は正しく点火しました」「ごめんね、僕の勘違いだった」。でも、その後落ち込んでいる。

「私そんなにぼけたかしら」「いや、ひとりで病院にも行けるし、支払いの間違っていないよ」…
家内が早く寝た後、言いしれぬ寂しさが私を襲う。「仏様、まだしばらく平穏な生活をさせて下さいませんか」と、般若心経を上げて、両親の位牌に手を合わせる。

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夢に出でこよ

かげろう

亡き夫の、夢を見たことはない。淋しすぎます。
独り暮らしになり、毎日の緊張感は解けないようです。それは、息子の家に行き分かりました。息子の家「海外」では、ぐっすりと眠れました。

AZBIL、緊急通報の設置、ヘルパー、シルバー
ディケアーのリハビリ運動、さまざまな機関を利用させていただいている。
或る歌会に出席と結構忙しくしている。しかし、いくら強がりを言っても、独り暮らしは辛い。
ネットで、スーパーから食料は宅配してもらっているのが、せめてもの救いである。

昭和一桁、戦争経験者の友人と時々長電話する。
意気が合う。おおかた夫に先立たれている。なかには、介護をしながら、夫と終の恋愛をしている。のろけ話を聞かされることもある。生き方が綺麗だ。夫の最後を健気に看取っている。
私の町は福祉が充実していると思う。ケアマネさんが来て私の状態を把握してくれるので有難い。
二人子に迷惑をかけない生き方を模索中。探しあてられるかしら。わかりません。

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地域コミニュティを定着させましょう!!

キドーニ

デイサービス,デイケアを見学させていただいた。送迎も同伴させていただき,実際のサービスといわれる内容にも触れた。

 感想・・コミニュティは貧弱であり,活力が復活するには根本からの検証が急務と感じた。具体的にいうと,食事と入浴サービスに,機能訓練が加わっているのが主な日課プログラムであるが,利用者の多くは,椅子に腰かけて手作業の塗り絵などで時間を過ごす中,順番がくれば入浴に,また,マッサージや運動療法もおこなわれる。 スタッフも1~2名がホールで待機する形態で,他は,入浴や記録にとられている.待つ時間は放置状態と言えなくはない。

 疑問なことは,利用している各高齢者間に殆ど会話が展開してなく,スタッフもその中を取り持つわけでもなく,いわゆるおかず的な雑談や笑いも定着しているようには感じなかった。

 昼食は冷えた鶏肉の塊や,冷めたカレーライスということもあった。皆,黙々と静かにその時間を進めているだけのよう。一体,コミニュティはどこにあるのか??どうにかしないと!といったテーマは存在していないのかもしれないなと期待はずれであった。

 もうそういった施設には期待できないのであれば,地域や近所の集まりでしっかりとした毎回が有意義に思えるようなシステムを立ち上げてはどうだろうか!健康な高齢者の方々が,そうでない同世代の方々と正しいコミニュティを構築されたほうがよい。専門のひとの指導も大切だが,サポートし合うには今の味気ない福祉サービスでは時間が勿体ないと感じてしまった。

 老人の福祉・介護が一つの経営的な産業になっている。いわば,人件費をかけずに利益をあげる,儲けるという本心がある。福祉が偽装サービスに漬からぬよう願いたい。

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