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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

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近藤誠さんのルール違反

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 前回に続いて、近藤誠さんの、「抗がん剤は効かない」という主張について考えます。

(1)「抗がん剤は絶対ダメ」というのは思考停止では?
(2)これって「エビデンスに基づく医療(EBM)」?
(3)刺激の強い言葉で患者さんの不安をあおっているだけ?
(4)そもそも、「抗がん剤が効く」ってどういうこと?

 という疑問のうち、今回は、(2)と(3)の話です。

 

情報を見極めるコツ

 抗がん剤には、いい面だけではなく、悪い面があるのは確かですし、医者にもいろんな意見の人がいるのだと知っておくのは重要なことです。近藤さんの本が、がんとの向き合い方について考えるきっかけになるとすれば、それはとてもいいことだと思います。

 ただ、近藤さんの主張には、いきすぎたところや、誤りが多々ありますので、それに惑わされないような注意が必要です。近藤さんの本には、「腫瘍内科医の言うことを信じてはいけない」とも書いてありますので、腫瘍内科医である私が、いくら、「近藤さんは間違っている」と言っても、「いったいどっちが正しいのか?」「どちらを信じればいいのか?」という話になって、ますます混乱してしまうかもしれません。

 ですので、ここでは、「どちらが正しいのか」という議論には、あえて踏み込まず、皆さんが、混乱せずに情報を活用するための、「情報を見極めるコツ」を、考えたいと思います。

 今の社会では、いろんな人が、膨大な情報を発信していて、気を付けないと、押し寄せてくる「情報の波」に飲まれてしまいがちです。そんな「情報の波」にうまく乗って、自分の人生に役立てるためにはどうすればよいのでしょうか? 「情報の波を乗りこなすコツ(2013年6月6日)」でも書きましたが、4つのコツをもう一度紹介します。

コツ(1)情報の根拠を読み取る
コツ(2)情報の送り手の意図を想像する
コツ(3)強い言葉を使っている情報は疑う
コツ(4)信頼できる「エビデンス」を知る

 

近藤さんの意図は何だろう?

 この「コツ」に沿って、近藤さんの主張を見てみましょう。

 

コツ(1)情報の根拠を読み取る

 

 近藤さんの本には、いろんなエビデンス(臨床試験の結果)が紹介されていて、そういったエビデンスに基づいて構築された主張であることがわかります。この点は、何のエビデンスもない健康食品や治療法を、言葉巧みに売り込もうとする業者よりは、信頼できます。ただ、「エビデンスに基づく医療(EBM)」のルールに照らすと、いろいろとルール違反があるようです。これについては、あとで述べます。

 

コツ(2)情報の送り手の意図を想像する

 

 近藤さんが自分の主張を社会に訴える意図は何でしょうか? 患者さんの幸せを願っての行動だと思いたいところですが、最近の近藤さんは、自分の主張に固執しすぎて、患者さんへの配慮を欠いているように感じます。

 近藤さんは、製薬業界と癒着した腫瘍内科医が、お金もうけのために抗がん剤を使って、患者さんを苦しめていると、主張します。私自身は、「お金儲けのため」と考えたことはありませんので、そう言われるのは心外なのですが、世の中には、患者さんの弱みにつけこんで、健康食品を売りつけたり、高額な保険外診療を行ったりして、お金儲けをしている人たちは、確かにいます。

 なんでも疑ってかかるというのは、悲しいことではありますが、情報の送り手が、本当にあなたの幸せを願っているのか、それとも、単にお金儲けをしたいだけなのか、その意図を想像することはある程度必要かもしれません。

 そう考えると、近藤さんが、刺激的な本をたくさん書いているのは、患者さんの幸せを願っているというよりは、単に印税収入のためなのではないかという疑念も生じます。世の中に混乱を引き起こすことで、本の売り上げは、着実に伸びているようですが、これが、近藤さんの目指していたことなのでしょうか?

 

コツ(3)強い言葉を使っている情報は疑う

 

 冷静な議論をしたいのであれば、過剰な修飾語はいらないはずですが、本を売りたい編集者の意図もあるのか、センセーショナルな言葉が目立ちます。「医者に殺されない47の心得」という本がベストセラーになったのは、思惑通りだったのでしょう。「抗がん剤」や「腫瘍内科医」を悪者にする善悪二元論も徹底していますが、私たちが本当に考えるべきなのは、リスクとベネフィットの微妙なバランスですので、「〇〇はよくて、△△はダメ」と、ズバッと切り捨てるフレーズには惑わされないようにしたいものです。

 

「エビデンスに基づく医療」にはルールがある

コツ(4)信頼できる「エビデンス」を知る

 

 情報の送り手の意図とか、言葉遣いとか、些末(さまつ)な議論になってしまいましたが、より重要なのは、「情報の質をどうやって見極めるか」ということです。情報を見極めるためには、「エビデンスに基づく医療(EBM)」のルールも、ある程度知っておく必要があります。

 かつての近藤さんは、乳がんの手術の方法として、乳房をすべて切除する「乳房全摘術」と、しこりだけをくり抜く「乳房温存術」で、遠隔転移をきたす割合や生存率に違いがないというエビデンスをいちはやく紹介し、乳房温存術の普及と、EBMの普及に貢献しました。これは、尊敬に値する功績だと思っています。

 でも、最近の近藤さんは、エビデンスに基づいて論じているように見せかけながら、実際は、EBMのルールを逸脱していることが多々あります。

 近藤さんは、抗がん剤の臨床試験を紹介して、有効性が証明されなかったものについては、「信頼できる」と言い、有効性が証明されたものについては、「腫瘍内科医が人為的操作を加えた結果なので、信頼できない」と言います。自分に都合のよいエビデンスだけを根拠にして、そうでないエビデンスを否定するのだとしたら、やっぱり、ルール違反です。

 近藤さんの主張に対して、多くの医師が、EBMのルールに沿って反論をしましたが、ルールを逸脱してズバッと切り捨てる近藤さんには歯が立ちません。たとえてみれば、柔道家が、柔道のルールで組み合おうとした相手が、実はボクサーで、簡単にノックアウトされてしまっているような状況です。

 臨床試験の結果が発表される学会や学術雑誌においては、EBMのルール(柔道のルール)が厳格に守られていて、いきなり殴りかかるようなことがあれば、ルール違反で退場となります。このルールの中で、科学的な議論(礼節のある試合)を行うのが、EBMのあるべき姿です。

 でも、EBMのルールが共有されていない世の中では、センセーショナルな主張(派手なパンチ)を繰り広げるボクサーの方が、むしろ、喝采を浴びています。このような状況では、生産的な議論は成り立ちません。

 EBMのルールが絶対だというつもりはありませんが、情報の質を見極めるためには、ある程度のルールは必要です。柔道とボクシングのルールの違いくらいは、誰もが理解しておくべきですし、マスメディアは、センセーショナリズムよりも、エビデンスを重視した報道を心がけるべきだと思います。

 EBMのルールが、世の中にもっと広まり、いつか、近藤さんとも、柔道場の畳の上で、礼節を持って組み合える日が来るのを願っています。

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

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