文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

知りたい!

医療・健康・介護のニュース・解説

「早期母子接触」 両親敗訴…病院の安全策 なお重要

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 母子の絆を深めることなどを目的に出生直後の新生児を母親が胸に抱く「早期母子接触」。その最中に急変し、子どもが死亡したり、重い後遺症が生じたりしたため、病院の安全管理責任を問う訴訟が相次いでいる。先月、大阪地裁で言い渡された全国初の判決では原告が敗訴した。母親の自己責任を強調した判決だが、病院の安全対策が後退してはならない。

 「早期母子接触」とは、健康に生まれたばかりの赤ちゃんを母親が裸の胸に抱くケアのこと。早産児の体調安定や母親との愛着形成のため1979年に南米で始まった「カンガルーケア」が元となった。正常な時期に生まれた新生児に行っても母乳の出が良くなる効果などが報告され、国内で7割の施設に広まった。

 ところが、早期母子接触中も含めた出産直後に、新生児が急変する事態が重なり、少なくとも全国で6件の訴訟が継続している。

 大阪訴訟原告の母親は2010年12月、大阪府内の病院で長女を出産直後、早期母子接触を始めた。2時間後、授乳中に長女は呼吸停止し、低酸素脳症で寝たきりとなった。急変に気づくまでの25分間、両親と長女だけで残され、長女には血液中の酸素濃度をみる機器もつけられていなかった。

 判決は、後遺症は早期母子接触とは無関係としながらも、その流れで授乳していた乳房による窒息の可能性を指摘。「窒息の危険は医療関係者の関与がなくても注意を払えば容易に回避でき、病院に窒息を防止する法的義務があるとまで言えない」と母親に責任があるとした。

 だが、早期母子接触を行うか否かにかかわらず、この時期の新生児は皆、急変の危険を抱えているということを忘れてはならない。

 12年10月、日本周産期・新生児医学会など8学会が出した「早期母子接触実施の留意点」では、出生直後の新生児は呼吸や心臓の機能が崩れやすいため、医療スタッフや機器による観察、危険性も含めた十分な親への事前説明を求めている。

 作成委員の一人で、倉敷中央病院総合周産期母子医療センターの渡部晋一・主任部長は、「防ぐことのできない急変もあるが、早く察知することで重症化を防げる可能性はある。確率は低くても家族の一生を左右する事態なので、新生児蘇生の訓練を受けたスタッフや機器による継続的な観察なしで行うべきではない」と言う。産婦人科医の宋美玄氏は「出産直後は母体も急変の危険があり、母体そのものが厳重に管理されるべき存在」と親に観察を委ねることに疑問を抱く。

 事故当時も同様の事故は度々報道され、厚生労働省の研究班は09年11月、医療者や機器による観察を勧める指針を公表。日本周産期・新生児医学会や日本産婦人科医会も注意喚起していた。

 それでも、安全対策を軽視する施設は少なくなかった。大阪訴訟でも、被告病院は「希少な発症リスクを避けるために、新生児一般には不必要な付き添いや機器による観察に耐える余力はなく、そのような負担をする意味もない」と主張。加部一彦・愛育病院新生児科部長は「出生後24時間は急変の危険があるのは常識。被告は学会の専門医研修施設で指導的立場にあり、当時の医療水準でも危険性を十分認識し、観察する責任があった」と批判する。

 そして今も、安全管理意識の低い施設は存在する。今年4月にも滋賀県で早期母子接触中に放置され長男に後遺症が残る事故が起こり、両親は訴訟準備中だ。

 大阪訴訟は原告側が控訴。両親は「裁判が今後どうなっても娘はこの状態のまま生きる。同じ思いをする家族がなくなるよう安全対策を徹底してほしい」と願う。全国の施設はこの訴えを肝に銘じるべきだろう。(医療部 岩永直子)


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

知りたい!の一覧を見る

最新記事