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ケアノート

コラム

[寿美花代さん]人生の「役目」演じきる

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「悲劇にするのは簡単。喜劇にするのは難しい。でも心の持ちようで、日々はいくらでも楽しく明るくなります」(東京都内で)

 女優の寿美花代さん(81)は、俳優で夫の高島忠夫さん(83)を、長年看病してきました。高島さんは15年前にうつ病を発症しました。その後、回復しましたが、持病があるため、自宅で療養生活を送っています。寿美さんは、「つらくても、相手に愛情を持って接することが大切」と語ります。

愛情持って うつ病の夫看病

 1998年の夏。自宅で夫が「寒い。冷房を切ってくれ。毛布をくれ」と言ったのが始まりでした。風邪かと思い内科を受診しましたが、何日たっても治らない。「窓も雨戸も全部閉めてくれ」と朝から部屋を真っ暗にし、ソファに座って一日中ぼんやりする日が続く。さすがにおかしい。心療内科を受診し、うつ病と診断されました。

 覚悟を決めました。医師に相談し、入院させずに自宅でみることに。夫の仕事はすべてキャンセルしました。

 夫とは向き合っても会話はありません。冗談も言わず、外出もせず、下を向いて座り込んでいる。食事の時、私が「これ食べて」「栄養がつくよ」と声をかけても反応はない。私の知っている忠夫さんは消えちゃった。薄い幕の向こうにいるような感じです。

 2人の息子(俳優の高嶋政宏さん、政伸さん)も不安だったでしょう。けれども、忙しい仕事の合間を縫って家へ戻り、「今日はどう?」「疲れてない?」と気遣ってくれる。

 夫の病気は私に原因があるのでは、と自分を責めたこともありました。でも優しい息子たちのためにも、強くならなくてはと思いました。

様子が変わる

 発症する前、好きな酒を飲まない、食事への関心が薄れるといった予兆のような様子はあった。だが、原因が何かはわからない。高島さんは、当時のことを詳しく語らない。

 最初の診断から1年ほどでいったん仕事に復帰しましたが、テレビの旅番組で出かけたアメリカで環境の変化についていけず、再びうつ状態になりました。振り返ると、その頃までの状態が最も悪く、私もつらい時期でした。

 「思った時に、思ったことをノートに書きなさい。楽になるから」という医師の助言で、私は気持ちをノートに書き連ねていました。「しんどい」「どうしてこうなったの」と愚痴めいた言葉ばかりでした。花のイラストを描いていたら、いつの間にか涙も描いてしまって「泣いている花」の絵になったことも。ただ、ノートに気持ちをはき出すと、冷静になれたのです。

 つらい思いはノートの中だけ。見えない未来を心配しても仕方ない。治るときは治る。現実と向き合い、今できることをしよう、と考えるようになりました。

母の死伏せる

 2001年、高島さんの母が亡くなった。ショックを与えたくないという医師の判断で、03年まで事実を伏せた。後に母の死を知った時、高島さんは「今、言ってくれて良かった。ありがとう」と答えたという。つらい出来事にも立ち向かえる力が、心と体に少しずつ戻ってきた。

 スキンシップとコミュニケーションは欠かしません。夫の手をさすったり、髪の毛をとかしてあげたり。体調には波がありましたが、私が「今日の服はすてきね」「ハンサムやね」と声をかけると、少しずつほほ笑んでくれるようになりました。うれしかったですね。

 心が押しつぶされそうな時は、あえて笑顔を作ります。鏡の前で口を横に開き「1、2、3、4」と声を出して数えると口角が上がり、表情も気持ちも明るくなりますよ。

 とはいえ、さすがに私もこの年齢。自分が倒れたらすべて終わり。最近は無理をせず民間のヘルパーさんなどに頼ることも増えました。

体調管理は続く

 07年。うつ病からは回復したと医師が判断し、治療の中心は糖尿病やパーキンソン病など、ほかの持病に移った。何種類もある薬の管理のほか、インスリン注射もある。体調管理はまだまだ続く。

 一緒に外出する時間も増えました。たまに好物のローストビーフを食べに行けば、夫は「もうちょっと大きく切ってよ」なんて、お店の人に冗談を飛ばしています。

 「高島忠夫」が戻ってきました。本人は「今が一番幸せだから、もう仕事させんといて」と言いますけど。昔の映画を見たり、阪神タイガースの試合結果に「勝った」「負けた」と一喜一憂したり。楽しそうですよ。

 「すべては私の人生で与えられた『役』であり『役目』。この役を演じきり、役目を果たそう」。いつからか、そう考えるようになりました。こうなったら100歳を超えても明るく支え合っていきたいですね。(聞き手・上原三和)

 すみ・はなよ 1932年、兵庫県西宮市出身。宝塚歌劇団の男役トップスターとして人気を集め、退団後の63年に俳優の高島忠夫さんと結婚。夫婦そろった明るいキャラクターは、テレビで欠かせない存在に。高島さんが療養生活に入った後も、バラエティー番組や、トークショーなど幅広く活躍している。

 ◎取材を終えて 家族だからこそ甘えてしまい、感情に任せてつい心ない言葉を投げてしまうことがある。だが、寿美さんは「そんなこと一度も言ったことないんですよ。本当に」と一笑に付す。

 「冷たい言葉や汚い言葉を1回口にすれば、2回、3回と繰り返すようになり、いつしか憎しみに変わる。そんな悲しいことはない。だから絶対に言わないと心に決めた」。深い愛情、強い精神力に、驚かされた。

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