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国民皆保険・皆年金(14)新国保法の被保険者

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 1958年(昭和33年)の国民健康保険法の全面改正で、被用者保険に加入していない人は全て、国民健康保険制度に加入することになりました。そうすることで、「国民皆保険」が達成されたわけです。前回見たように、国民健康保険制度は、社会保険方式で運営されています。社会保険方式は、保険料を拠出することで給付を得られることが基本ですが、保険料を払えない低所得の人の扱いはどうしたのでしょうか。



低所得者は

 制度が対象としている人(被保険者といいます)を確認するために、国民健康保険法を見てみると、「国民健康保険法(昭和13年法律第60号)の全部を改正する」とあります。国民健康保険法は1938年(昭和13年)に作られましたが、その「全部」が「改正」されたということです。当然、内容が大きく変わったため、もとの法律は「旧法」、全面改正されて現在に至る法律は「新法」と呼ばれます。

 新法を読むと、第5条に、「市町村または特別区に住所がある人は、その市町村が行う国民健康保険の被保険者とする」とあります。続く第6条には、「次のいずれかに該当する人は、市町村が行う国民健康保険の被保険者にしない」という適用除外の規定があります。その代表的なものは、被用者を対象とした健康保険制度に加入している人たちです。

 では、低所得者はどうでしょう。日本の医療制度について詳述した著書「日本の医療 制度と政策」(島崎謙治著、東京大学出版会、2011年)によると、新法が出来た当初は、「国民健康保険の健全な運営を阻害してまで、国民皆保険の思想を貫くことは問題である」との理由から、「貧困のため市町村民税を免除されている者及びその世帯に属する者」は適用除外とする規定(新国保法制定当時の条例準則第5条第1号)が設けられていたそうです。これは、「保険料を拠出することで給付を得られる」という保険原理に忠実でいようと思えば当たり前のことです。しかし、それでは国民皆保険は達成できません。そのため、この規定は後に廃止されました。つまり、低所得者でも、被保険者として、保険料は納めなければならないということです。



生活保護受給者は

 ただし、適用除外者を並べた第6条には、「生活保護法による保護を受けている世帯に属する人」という項目もあります。同じ低所得者でも、生活保護を受けている人は、国民健康保険の加入から除外しているというわけです。「日本の医療 制度と政策」によると、新法制定時は、生活保護を受けている人も、生活保護となってから3か月間は、国民健康保険制度の対象とされていました。しかし、事務の煩雑さや保険財政の悪化を招くなどの理由で、1963年(昭和38年)の国保法改正(新法の改正)で、生活保護の受給開始時点で、国民健康保険制度の適用除外となりました。つまり、

  • 生活保護受給者以外の低所得者 ⇒ 新法成立当初は対象外、その後に対象

  • 生活保護受給者 ⇒ 新法成立当初は対象、その後対象外

 ということです。

 著者の島崎謙治氏(現・政策研究大学院大学教授)は、「こうした首尾一貫しない方針は、国民皆保険実現当時、行政官の間でも、皆保険の理念と保険原理の関係がうまく咀嚼そしゃくされていなかったことの証左として興味深い」と述べています。国民皆に医療を保障したいという理念と、負担能力がある人が制度に加入する、裏返せば負担能力のない人は加入できないという保険の原理はそもそも相れないものですが、そうした相克が当初からあったということです。

 生活保護受給者をなぜ国民健康保険の対象から外したのか。2005年(平成17年)に参議院で出された質問主意書に、当時の内閣はこう答えています。


 <国民健康保険制度においては、健康保険法の被保険者等についての適用を除外しており、被保護者についても、保険料の負担能力がないことや、その多くが医療扶助を受けており、他の被保険者の保険料負担や保険財政に与える影響も大きいこと等から、従来から被保険者から除外しているものである>



 被保護者とは生活保護受給者のこと、医療扶助とは生活保護の中で行われる医療の給付のことです。生活保護受給者は自己負担なしに、国民健康保険制度とほぼ同レベルの医療サービスが受けられます。ただし近年、生活保護を受ける人が急増し、全体の費用の約半分を医療費が占めていることから、過剰な受診や不正な診療はないか、生活保護受給者にも一定の負担を求めるべきではないかなどが議論になっているのはご存じの通りです。

 国民年金制度では、生活保護の受給にかかわらず低所得者も制度の対象に含めていました。一方、国民健康保険制度では、生活保護受給者を被保険者から外しています。これでは「国民皆保険」と言えないのではないかと思われた方もいると思います。確かに例外と言えなくもありませんが、生活保護受給者については生活保護法で医療を保障する仕組みが以前からあり、「みんなに医療を保障する」という観点から見れば、そちらも合わせれば十分と考えられたこと、また、もし生活保護受給者を国民健康保険に含めるとなると、保険財政が非常に厳しくなると考えられたことなどが挙げられそうです。



零細事業所の会社員の扱い

 国民年金創設時は低所得者の扱いが大きな問題となりました。それに比べると、国民健康保険の新法創設時は、それほど大きな論点にはならなかったようです。著書「戦後における社会保障の展開」(大内兵衛編、至誠堂、1961年)によると、当時野党だった社会党が、「生活保護法の医療扶助制度は国民健康保険に吸収する」案を発表したとありましたが、実現されませんでした。むしろ、当時問題になったのは、健康保険の対象外とされていた「5人未満の零細事業所に勤める会社員とその家族」の扱いだったようです。

 中小企業の中でも小規模な事業所に勤める人たちを健康保険に入れるか、国民健康保険に入れるかで、相当議論がありました。結局、国民健康保険に入れることになったわけですが、この本の執筆者の一人でもある近藤文二氏は、「同様に被用者という立場にある人々を、ただ単に5人未満であるか否かによってこのように差別的取り扱いを行うことは妥当でない」と書いています。ただし、現在では、事業主が法人である場合は、5人未満でも健康保険が適用されています。

 さて、生活保護受給者以外の低所得者の保険料負担はどうしたのか。それについては、次回、見てみたいと思います。

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inokuma

猪熊律子(いのくま・りつこ)
読売新聞東京本社社会保障部デスク。 1985年、読売新聞社に入社。地方部、生活情報部などを経て、2000年から社会保障部に在籍。1998~99年、フルブライト奨学生兼読売新聞海外留学生として、米スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム「ジョン・エス・ナイト・フェローシップ」に留学。2009年、早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了(社会保障法)。好きな物:ワイン、映画、旅、歌など。著書に「社会保障のグランドデザイン~記者の眼でとらえた『生活保障』構築への新たな視点」(中央法規)など。

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