文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

yomiDr.記事アーカイブ

子宮頸がんワクチン 最善の選択とは

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 「子宮けいがん予防ワクチンを接種したほうがよいか?」についての前回の議論をまとめてみます。

 

(1)目的
 子宮頸がん予防ワクチンの「真の目的」は、子宮頸がんの発症を予防し、子宮頸がんで亡くなる女性の数を減らすことです。

(2)利益
 ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を減らし、がんになる手前の異常を予防するという「仮の目的」が達成できることは証明されていますが、それが「真の目的」にどれくらいつながるかは、まだわかっていません。

(3)不利益
 数十万回に1回程度の確率で、重い副反応が生じる可能性があります。

 

 これに基づいて、利益と不利益のバランスを考えるわけですが、「利益」も「不利益」も、明確な記載になっていないのは、お気づきのとおりです。

 

利益と不利益を数字で考えてみる

 利益について、「仮の目的」が「真の目的」に直結するのは、ほぼ確実と思われますが、それが明確な数字となって示されるのは、10~20年以上先のことです。現在、年間約1万人が子宮頸がんを発症していて、日本人女性の約90人に1人が子宮頸がんになるとされていますが、この数を30%減らすことができれば、日本人女性の約300人に1人がその恩恵を受けられると計算できます。実際の数字は将来の結果を待つとしても、およそ「数百人に1人」に利益が期待できるというレベルのようです。

 それに対して、重い副反応という「不利益」が生じるのは、およそ「数十万人に1人」というレベルです。「利益」と「不利益」で、桁が3つ違いますので、単純に考えると、重い副反応で苦しむ女の子が1人いる代わりに、約1000人の女の子が、将来子宮頸がんになる危険性を回避できるという計算になります。

 もちろん、これらの数字は、推測(期待)を含むものですので、正確とは言えませんし、そもそも、重い副反応で苦しむ1人の女の子の「犠牲」の上に成り立つ1000人の「幸せ」を議論するのは不謹慎だという批判もありそうです。

 

私の結論「利益は不利益より大きい」

 でも、「子宮頸がん予防ワクチンを接種したほうがよいか?」というクリニカルクエスチョンに答えを出すためには、「利益」と「不利益」のバランスを考えないわけにはいきません。利益を受ける可能性があるのも、不利益を受ける可能性があるのも、ほかならぬ「あなた」自身ですので、自分自身の問題として取り組む必要があります。

 また、どんなに信頼度の高いエビデンスがあったとしても、結局のところ、それは、過去のデータに基づく推測にすぎませんので、あなたがその医療行為を受けてどうなるかについては、「やってみないとわからない」という側面が、どうしても残ります。それが、「医療の不確実性」というものです。

 不確実な医療の中で、最善の選択をするためにどう考えるか、というのが、今回の議論の最大のポイントです。

 不確実ながらも、エビデンスに基づいて、利益と不利益のバランスを考えたとき、子宮頸がん予防ワクチンの利益は不利益よりも大きいだろう、というのが現時点での私の結論です。私は、対象となる女の子には、できるだけワクチン接種を受けてもらいたいと思っています。

 感染症の予防というのは、個人にとどまらない、社会全体の問題ですので、ワクチン接種の利益と不利益のバランスについては、国民全体でもっと議論すべきなのですが、極端なセンセーショナリズムだけが目立ち、議論が深まっていないのが残念です。

 

「自分で判断してください」が国の姿勢

 さて、この問題に対する国の対応はどうなっているでしょうか? 子宮頸がん予防ワクチン接種後に生じた、持続的な痛みなどの副反応の報告を受け、今年6月、厚生労働省は専門家を集めて検討を行い、次のような対応を示しました。

 「『持続的な痛み』の発生頻度などがより明らかになり、国民に適切な情報提供ができるまでの間、定期接種の積極的な勧奨を行わない」

 これまで積極的に勧めていた子宮頸がん予防ワクチン接種を、しばらくの間、「積極的には勧めない」ことにする、ということです。自治体から届いていたような、接種を勧める案内は、もう届かなくなりました。

 国がワクチン接種に対してブレーキをかけたのは間違いありませんが、けっして接種を中止したわけではありません。これからも、希望すれば、対象となる女の子は、原則無料で接種を受けられます。

 「積極的にはお勧めしませんが、接種しないことを積極的に勧めるわけでもありませんので、どうぞご自分で判断してください」というのが、国の姿勢です。

 

なんでもかんでも批判する国民

 積極的に接種を勧めれば、マスメディアや世論からは、「こんな危険なワクチンを勧めるのか」と批判されてしまうし、接種を中止すれば、10~20年後に子宮頸がんを発症した女性から、「子宮頸がんになったのは国のせいだ」と訴えられてしまうかもしれないし、しばらくは、態度は曖昧にしておいて、国民一人ひとりに判断を委ねよう、ということのようです。

 なんとも無責任な姿勢に見えますが、国も専門家も、苦渋の判断だったのだと思います。

 国民は、なんでもかんでも国に判断を委ね、ことあるごとにその対応を批判してきたわけですが、今回は、国民が国から判断を委ねられてしまった、という構図です。

 でも、これは、国民一人ひとりが、自分の問題として、こういったクリニカルクエスチョンに取り組む絶好のチャンスなのかもしれません。

 せっかくの機会ですので、次回ももう少し掘り下げていきたいと思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)
腫瘍内科医。東京生まれの神奈川育ち。1998年東京大学医学部卒。2010年より虎の門病院臨床腫瘍科部長。国立がん研究センター中央病院、東京共済病院などで、抗がん剤治療を専門に手がけてきた。がん薬物療法専門医会代表も務める。

がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラムの一覧を見る

<PR情報>

最新記事