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山口デスクの「ヨミドク映画館」

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記憶は記憶。現実ではない ~パシフィック・リム

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 前回の「アイアン・フィスト」に続いて、今回も「男の子向き」の映画を紹介します。でも、女性も十分楽しめるのでご安心を!

COURTESY OF WARNER BROS. PICTURES
© 2013 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.AND LEGENDARY PICTURES FUNDING,LCC

 いま全国公開中の「パシフィック・リム」(2013年/米国)。

 ひと言で言うと、深海から現れた巨大な怪獣たちに、人類が開発した巨大ロボットで戦うお話。すごくシンプルです。

 私は小学生のころ、ゴジラやガメラが登場する怪獣映画をよく映画館に見に行きました。巨大ロボットものは、実写版のジャイアントロボ、アニメのマジンガーZなど。勇者ライディーンは、「超合金」のおもちゃを持っていました(小学校6年生からはブルース・リーやモデルガンに夢中になったので、ガンダムやエヴァンゲリオンは見ていません)。

 メキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督も、幼いころから日本の漫画や特撮怪獣映画、ロボットアニメなどに親しみ、「怪獣オタク」を自称しているとか。そんな人がハリウッドの巨額の資本をつぎ込んで怪獣&ロボット映画の実写版を作ったとなると、かつて「男の子」だった私は見ないわけにはいきません!

 怪獣(映画では英語でもKAIJUと発音・表記されます)たちの襲撃を受けた人類が、国を超えて一致団結して開発した巨大ロボットが「イェーガー」(ドイツ語で「狩人」の意味)。パイロットの脳とコンピューターをつないで操縦します。操縦席でパイロットは立った状態。両手両足に機械がつながっていて、パイロットが歩くとロボットも歩く。手で殴る動作をすると、ロボットの手も同じように動く。

 過去の戦闘事例から、1人で操縦するには神経への負担が大き過ぎることが分かり、2人のパイロットが右半身と左半身を分担して操縦します。2人が一体になって操縦するためには、記憶や直感や戦法を共有する必要がある。脳をシンクロ(同調)して戦うのです。シンクロするこのシステムは「ドリフト」と呼ばれます。

 冒頭、主人公ローリー(チャーリー・ハナム)が兄と一緒にイェーガーに乗り込んで出動するまでの場面で、これらのことがテンポよく説明されるのですが、昔アニメで見たような操縦システムが実写で詳細に描かれています。この段階で、もうワクワク! 早くもシビれました。すでに何年も怪獣と戦ってきているので、操縦席のどの機械もかなり傷がついている。この「使い古した感」のある機械が、ガシャン、シャキーンとプログラム通りに正確に動くところが快感です。マジンガーZの操縦席がロボットに合体する「パイルダーオン」に似た場面もあります。

 パートナーである兄は、ある怪獣との戦いで死んでしまい、ローリーは心に傷を負って戦線から身を引きます。しかし、次々と現れる怪獣により人類は滅亡の危機に直面し、5年後、司令官の要請でローリーは再び呼び戻される。日本人の研究者で訓練生のマコ(菊地凛子)と組み、旧型のイェーガーに乗り込んで戦うことになる。

 日本の怪獣映画やロボットアニメのおもしろさに加え、映画「インデペンデンス・デイ」や「アルマゲドン」など、人類滅亡の危機を描いたハリウッド映画を彷彿ほうふつとさせる感動もあります。登場する男性陣はマッチョが多く、逆に、若い女性は菊地凛子のほかはほとんど出てきません(これも珍しい?)。お色気シーンも一切なく、老若男女、親子連れも安心して楽しめる映画です。


主人公のローリー(チャーリー・ハナム、手前左)とマコ(菊地凛子、手前右)
COURTESY OF WARNER BROS. PICTURES
© 2013 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.AND LEGENDARY PICTURES FUNDING,LCC

 さて、少しネタバレになりますが、マコは幼いころ、KAIJUに両親を殺され、自分も襲われて恐怖に凍り付いた過去があります(子ども時代は芦田愛菜ちゃんが熱演)。秘密基地(?)でマコが初めてローリーと脳をシンクロさせた時、過去の記憶にもアクセスしてしまい、幼いころの恐怖体験が鮮明によみがえってしまいます。いわゆる「フラッシュバック」です。マコはその場面に引き込まれ、動けなくなってしまう。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)の人も、過去のトラウマ(心の傷)体験に支配され、こうしたフラッシュバックが時折起こってしまいます。自動車や鉄道、航空機などの事故、地震や津波などの自然災害、夫や犯罪者からの暴力、そしてレイプ…。これらの体験者がみなPTSDになるわけではありませんが、過去のつらい記憶に現在も苦しめられる人は少なくありません。

 マコがフラッシュバックに襲われた時、脳がシンクロしているローリーにも同じ光景が見えます。その時、ローリーはマコにこんなことを叫びます(セリフは正確には覚えていません。違っていたらごめんなさい)。

 「目を覚ませ!それは現実じゃない。ただの記憶なんだ!」

 そう、記憶は記憶に過ぎません。過去の出来事であり、現実ではないのです。でも、深い心の傷を負った人は、この記憶にずっと苦しめられてしまう。

 トラウマ治療のゴールは、「記憶は現実ではない」ということを、本当に理解してもらうこと――と言ってもいいでしょう。

 できれば思い出したくない、つらい過去を、しっかりと見つめる。苦しいけど、あえて思い出す。その繰り返しを通じて、「あの時はたしかに怖かったけど、今は安全で、もう大丈夫なんだ。怖がらなくてもいいんだ」ということを、頭だけでなく「心」でも、「身体感覚」でも理解する。

 このような手法は、「曝露ばくろ療法」と呼ばれます。不安や恐怖が起こる場面にあえて身をさらす曝露療法は、以前、ヒチコックの「めまい」を取り上げた時にも紹介しましたが、PTSDの患者に行われる「持続曝露療法」(Prolonged Exposure)では、場面だけでなく「記憶」にも直面します。

 「パシフィック・リム」では、マコがフラッシュバックに再び襲われる場面はないし、トラウマをどうやって乗り越えたのかも説明されません。でも、同じように心に傷を負った、信頼できるパートナーがいたこと、自分に心の傷を与えた張本人であるKAIJUに直面し、戦い、倒し、自信を得たことが、トラウマを乗り越えた要素になったのは間違いなさそうです。

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山口博弥(やまぐち ひろや)

読売新聞医療部デスク

1987年 早稲田大学法学部卒、読売新聞入社

地方部、社会部などを経て1997年から医療情報室(現・医療部)。

趣味は武道。好きな映画は泣けるヒューマンドラマとアクションもの。

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