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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

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子宮頸がんワクチンを考えるポイント

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 「子宮けいがん予防ワクチンを接種したほうがよいか?」 前回に引き続き、このクリニカルクエスチョン(医療現場で直面する疑問)について考えます。

 クリニカルクエスチョンを考える際の4つのポイントは、

(1)その医療行為の目的は何か?

(2)利益はどれくらいか?

(3)不利益はどれくらいか?

(4)利益と不利益のバランスはどうか?

 です。



目的:がん発症を予防し、死亡者を減らす

(1)その医療行為の目的は何か?


 子宮頸がん予防ワクチンの目的は、子宮頸がんの発症を予防し、子宮頸がんで亡くなる女性の数を減らすことです。日本において、新たに子宮頸がんと診断される患者さんは年間約1万人で、子宮頸がんで亡くなる女性は年間約3,000人です。子宮頸がんは、ほかのがんと比べ、若くして発症する割合が高く、20~40代では、乳がんに次いで2番目に発症の多いがんとなっています。子宮頸がんで苦しむ女性と、命を落とす女性の数を減らすことを期待されているのが、子宮頸がん予防ワクチンです。

 子宮頸がんの原因として、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が知られています。子宮頸がんを発症した女性のほとんどがHPVに感染していますので、HPV感染さえなければ、子宮頸がんの発症はかなり抑えられるはずです。子宮頸がん予防ワクチンの正体は、このHPVの感染を防ぐためのワクチン(HPVワクチン)です。

 HPV感染前の女児にこのワクチンを接種することにより、HPV感染を予防し、それによる子宮頸がんの発症を予防することが期待されています。

 HPVは、のどのがんや、肛門のがんや、男性の陰茎がんなどの原因にもなっているため、HPVワクチンで、他のがんや他の病気を予防できる可能性もあります。



利益:ありそうだが、正確にはわからない

(2)利益はどれくらいか?


 HPVにはいろいろな型があり、現在使われている子宮頸がん予防ワクチンで予防できるのは、子宮頸がんのうち50~70%の原因となる型のHPVです。ワクチンを接種することで、この型のHPVの感染を予防できること、および、がんになる手前の異常を予防できることが証明されています。

 米国では、2006年に、11~12歳の女児に対する子宮頸がん予防ワクチンの定期接種が開始されています。最近の報告によると、2010年時点で、ワクチン接種を受けた13~17歳女性の割合は32%にとどまっていたものの、14~19歳女性における、該当する型のHPV感染者の割合は、11.5%から5.1%に減少していました。接種率がまだ低いにもかかわらず、HPV感染者の割合が56%減少したということですので、接種率を向上させれば、さらにHPV感染率を減らせそうです。

 ただし、子宮頸がん予防ワクチンの「真の目的」は、「子宮頸がんの発症を減らすこと」であって、「HPV感染率が減ること」は、「仮の目的」にすぎません。HPV感染が減れば、子宮頸がんの発症が減るということは、理論上確実であり、「仮の目的」と「真の目的」をイコールでつないでもよさそうなのですが、「エビデンス(根拠)に基づく医療(EBM)」の考え方では、きちんとしたエビデンスで示すことが求められます。

 そういう目でみると、子宮頸がん予防ワクチンは、「仮の目的」を達成することは示されていますが、「真の目的」である、「子宮頸がんの発症を減らすこと」が達成できるかどうかは、まだわかっていないということになります。

 現在のワクチンではカバーできていない型のHPVや、まったく別の原因で子宮頸がんになる人もいますので、ワクチン接種が普及したあとでも、子宮頸がん検診は重要と考えられています。そのため、「ワクチンを接種すれば検診を受けなくても大丈夫」と思う人が増えてしまうのは、むしろ弊害だ、という意見もあります。

 このあたりのことは、世界中でいろいろと議論がされているわけですが、「利益はどれくらいか?」に問いに対する現時点での回答は、「利益はありそうだが、正確なことはまだわからない」となるでしょうか。

 それでも、「ワクチンによって、子宮頸がんの発症と死亡を相当程度減らせる」という推測は、これまでのエビデンスからみて、かなり確実なものと思われます。現在、多くの国で、子宮頸がん予防ワクチン接種が普及しつつありますので、10年後、20年後には、「利益の程度」がはっきり示されるはずです。

 その結果をみてから、接種するかどうかを判断する、という考え方もあるかもしれませんが、皆さんはどうお考えでしょうか。



不利益:接種に伴うまれな副反応

(3)不利益はどれくらいか?


 子宮頸がん予防ワクチン接種による不利益として、接種に伴う副反応が挙げられます。テレビで繰り返し放送された、「痛みやけいれんなどの症状で苦しんでいる女の子」の映像を思い浮かべる方も多いでしょう。

 実際、接種との因果関係がはっきりしないものも含め、接種後にみられた、重い副反応の頻度をみると、「重いアレルギー」が約96万回の接種に1回、神経の障害で手足の力が入りにくくなるなどの症状が出る「ギラン・バレー症候群」が約430万回の接種に1回、けがなど(ワクチンの場合は注射の刺激)をきっかけに痛みを生じた「複合性局所疼痛(とうつう)症候群」が約860万回の接種に1回の頻度で、報告されています。

 すべての副反応が正確に情報収集されているとは限りませんので、実際には、これよりも頻度が高い可能性がありますが、それでも、「重い副反応」が起きるのは、数十万回に1回程度です。こういったデータは、まだまだ不確実ですし、今後、新たな副反応のケースが報告される可能性もあるわけですが、他のワクチンと比べて著しく危険というほどのものではないように思えます。

 世界保健機関(WHO)の諮問委員会が最近出したリポートでは、世界各国で、子宮頸がん予防ワクチンの接種が1億7000万回以上行われ、その安全性が引き続き確認されたと述べられています。日本から報告されている「複合性局所疼痛症候群」を含む、稀(まれ)な副反応の報告も慎重に検討した上での結論です。

 頻度が低いとはいえ、その副反応で苦しんでいる女の子が実際にいるわけですので、それに対するケアや補償はきちんと考えなければいけませんが、「重い副反応が起きた人が少しでもいるなら、その医療行為は許容できない」としてしまうのは、あまりに短絡的な気がします。

 重要なのは、「(4)利益と不利益のバランスはどうか?」というポイントですが、これについては、次回検討したいと思います。この問題に対する国の対応や、「ゼロではないリスク」との向き合い方についても論じるつもりです。

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)
腫瘍内科医。東京生まれの神奈川育ち。1998年東京大学医学部卒。2010年より虎の門病院臨床腫瘍科部長。国立がん研究センター中央病院、東京共済病院などで、抗がん剤治療を専門に手がけてきた。がん薬物療法専門医会代表も務める。

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