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石井苗子の健康術

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女優が汗をかかないのはなぜ?

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(この猛暑の中、冬の着物で2時間ドラマを撮る女優たち)

 お盆が近づきましたが、みなさまお元気でしょうか。先週、私は久しぶりにテレビドラマの撮影をやっておりました。

 京都が舞台のミステリードラマだったのですが、京言葉のアクセントよりなによりも、この猛暑の中、冬の着物を着ての撮影と、そのままの格好での待ち時間の長さに、がんばるにも限界があると感じた時もありました。

 女優は体力と気力。天候や衣装に左右されない強靭きょうじんな精神力が必要だったのだと改めて感じました。

 私はまだいい方です。芸妓げいこ舞妓まいこ役の女優さんたちは、重いカツラにそれぞれの衣装にあった白塗り化粧をしての撮影です。暑さと湿気で白塗りを何度やり直しても面倒な顔ひとつしない。たとえがまんの連続でも女優をやりたいと思わなくては仕事はできない。一度のチャンスであっても無駄にはしないといった決心の深さを感じました。

 それを見ていて思い出したことがあります。私は26歳の時、父の知り合いから紹介されて一度だけ舞妓役をやったことがあります。ちょうど藤田まことさんが必殺シリーズをやっていて、待ち時間に撮影所を走り回って眺めていました。時代が違ったのかもしれませんが、あの頃はアルバイト感覚だったと、振り返って反省してしまいました。

 時が流れ、久しぶりの私の役も舞妓から置屋の女将おかみになった。ところが、撮影現場は時間がずっと止まっていたかのように昔と同じでした。エアコンは音を拾うので本番前にピタッと止められ、熱い照明がつけられ、陰影をつけるための白いパネルがあちこちに置かれ、カチンコ係の人も含めスタッフが映らない場所に大勢隠れている中で、誰もいないかのような顔を作り、時には泣きながら冬物の着物で京都言葉のセリフに思いをこめて監督のOKが出る演技を成功させなければならない。

 失敗すれば、他の役者さんたちを暑い中待たせることになります。セリフというのは自分の番だけ覚えていればいいものではなく、相手役にカメラが向いている時も本番さながら物の影から声だけの演技をして助けるという仕事もあります。自分のOKが出たらセリフは忘れ去っていいというものではないのがテレビドラマの難しさです。自分が映っていなくても、相手役のためにスラスラと暗記して言えなければなりません。これは相当のストレスが肩にのしかかります。そのストレスに慣れてOKを出せてこそ女優だということになります。若いうちは「すみません」で許されますが、ベテランになってから「ごめんなさい、間違えました」はひんしゅくを買います。

 でも高齢になれば、物忘れや集中力が欠けてくるのは女優も同じ、更年期障害があればホットフラッシュが出ることもあります。十年一日のごとく変わらぬ現場に比べ、女優は時間との戦いなのです。

 「女優さんはどうして汗をかかないんですか」とよく聞かれますが、それは上記のようなストレスと緊張で汗をかかないのです。猛暑の中、冬の着物を着て汗をかかないなんてロボットでしょう。女優だって汗をかきます。だから本番まで、そばで2人ぐらいのスタッフが扇子や団扇うちわで扇いでいる光景がありますが、それを見て「女優はいたれりつくせりの職業」と思うのは誤解です。メークをやり直すと撮影時間が延びてしまうので、少しでも汗をかかないように撮影班が仕事として扇いでいるのです。

 主役になると個室が与えられ、メークも専属の人が付きますが、それはそこまで出世してこそできることです。主役は視聴率まで関係してきますからストレスも倍増します。汗をかかない女優の「不健康法」はあっても健康法はありません。ドラマ女優は一瞬にかける商売だから、汗をかけない。これが結論です。

 それから、映像撮影には「アップ」というのがありますので、シーンが同じならば真夜中の撮影でも早朝でも、顔を疲れさせてはいけません。最初のシーンは昼間撮ったけど、あとに続く場面は「夜中だったから疲れてたのよ」は通用しないのです。見ている人には同じシーンなのです。これは大変なことだとあらためて感じました。

 30代のころの私は、真夜中でも早朝でも撮影所にパソコンを持ち込み、待ち時間に思いっきり仕事を片付けていました。それこそ原稿を書いたり、調べものをしたり、メールの原案を作ったりと。ところが年を取るとそういうことをしていると顔が疲れてしまうことに気が付きました。本番となったときにさっきと違う老いた顔になってしまっているのです。あらゆる意味で、若い時にできたことは取り戻せないんだと感じました。

 「昔とちっとも変らないですね」。なんて言葉にごまかされてはならないと思いました。私もせいぜいあと10年しか活動できない。制限時間いっぱいという気分にさせられました。当然のことですが、ストレスで汗も出て来ませんでした。

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石井苗子さん顔87

石井苗子(いしい・みつこ)

誕生日: 1954年2月25日

出身地: 東京都

職業:女優・ヘルスケアカウンセラー

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