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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

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検診を考える4つのポイント

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 数回にわたって、「がん検診」について取り上げました。「がん検診は受けたほうがよいのか?」という、誰もが直面する疑問点に対して、エビデンス(根拠)に基づいて考えてきたわけです。

 今回は、エビデンスに基づいて考える際の4つのポイントをまとめてみます。

(1)検診の目的は何か?

(2)検診を受けて得られる「利益」はどれくらいか?

(3)検診を受けることによる「不利益」はどれくらいか?

(4)利益と不利益のバランスはどうか?




「本当の目的」と「仮の目的」

(1)検診の目的


 そもそも、検診は何のために行われているのでしょうか? 「どういう利益があれば、検診を受ける意味があると判断できるか?」と言い換えてもいいかもしれません。この点を明らかにしないことには、検診を受けた方がいいのかどうかの議論は成り立ちませんので、まず、ここから考えましょう。


「がんを早期発見すること?」

「がんを早期治療すること?」

「検診受診率を上げること?」


 (ちまた)では、「早期発見・早期治療」が大事だと言われていますし、「検診受診率をもっと上げなければいけない」という話もよく聞きます。でも、これらは、「本当の目的」とは言えません。人々の利益に直結するものではないからです。

 人々の利益に直結する「本当の目的」は、「がんで死亡する確率を減らして長生きすること」です。

 「早期発見・早期治療」が、この「本当の目的」を達成することにつながるのであれば、意味があるわけですが、もし、そうでない(長生きにつながらない)のであれば、いくら「早期発見・早期治療」が達成できたとしても、それ自体は意味がありません。前回書いた言葉で言えば、「見せかけの『早期発見・早期治療』」ということになります。

 「早期発見・早期治療」というのは、それ自体は、「本当の目的」ではなく、「死亡率を減らす」という「本当の目的」と結びついてはじめて意味を持つ「仮の目的」なのです。「検診受診率を上げる」というのも同じく、「仮の目的」であって、死亡率が減らないのであれば、それ自体に意味はありません。

 世の中では、これらの「仮の目的」が「本当の目的」であるかのように語られ、「本当の目的」が見失われてしまっていることがよくありますので、注意が必要です。



「利益」を読み取るコツ

(2)検診の利益


 「本当の目的」が決まったら、その目的を達成することが「利益」となります。がんで死亡する確率を減らせるのであれば、その検診には「利益」があるということです。そして、「利益」があるかどうかを判断するときの根拠が、「エビデンス」です。

 子宮 (けい)がん検診については、前々々回のコラム(スローガンより役に立つこと)で紹介したように、信頼度の高い「3つ星エビデンス」で、検診によって利益があること、すなわち、「がんで死亡する確率を減らして長生きする」という目的を達成できることが示されています。

 エビデンスから「利益」を読み取るときには、ちょっとしたコツが必要です。それは、


「どのような人たちに」

「どのようなことをしたときに」

「どれくらいの利益があるのか」


 をはっきりさせることです。

 紹介した子宮頸がんのエビデンスでは、


「子宮頸がん検診が普及していないインドの、35~64歳の女性に」

「『お酢』を用いた子宮頸がん検診を2年に1回行ったとき」

「子宮頸がんで死亡する確率が31%減った」


 と読み取れます。

 「お酢」よりも精度の高い「細胞診」による子宮頸がん検診が行われている日本で、このエビデンスをそのまま当てはめるわけにはいかないのですが、細胞診による子宮頸がん検診が普及した先進国で、子宮頸がん死亡率が軒並み減っているという事実と併せて考えれば、子宮頸がん検診により「子宮頸がんで死亡する確率を減らせる」というのは、間違いないでしょう。

 利益の程度について、「死亡率が31%減った」と聞くと、検診を受けた100人中31人に利益があるように思うかもしれませんが、正確には、「検診を受けていなかったら亡くなっていたはずの人のうち、31%の命が救われた」ということです。

 この臨床試験では、約12年の間に子宮頸がんで亡くなった人は、検診を受けなかった約7万6000人のうち98人、検診を受けた約7万5000人のうち67人でした。7万5000人が検診を受けたことによって、約30人の命が救われたと計算できますので、検診を受けた人のうち、実際に利益があったのは、0.04%ということになります。

 「31%」と「0.04%」では、だいぶ印象が違いますが、このあたりの数字の意味をきちんと理解することも重要です。

 0.04%というと、「非常にわずか」と思うかもしれませんが、日本の35~64歳の女性約2500万人が検診を受けたとすれば、最初の12年間で、約1万人の命が救われるという計算になります。「0.04%」と「1万人」というのも、印象は違いますね。

 世の中では、こういう数字が、伝える側の都合のいいように伝えられがちです。悲しいことですが、数字を巧みに操って、みなさんを騙(だま)そうとしている人たちも、たくさんいますので、注意が必要です。

(余談ですが、消費税が3%から5%に上がったとき、「2%」の増税という人がいましたが、正しくは税金が3分の5倍になったわけですので、「67%」の増税です。数字に騙されず、情報を正しく理解することは重要ですね。)



身体的・精神的「不利益」

(3)検診の不利益


 前回も書きましたが、検診を受けることに伴って、不利益もいろいろと生じます。

 まず、検診を受けること自体の負担があります。時間を取られますし、検査によって、痛みや恥ずかしさを感じることもあります。検査の結果によって、「がんの疑いがある」と言われたら、誰でも不安を感じます。多くの場合、それは「余計な不安」なのですが、精密検査で、がんではないという結果が出たあとも、ずっと不安を払拭できないような人もいます。精密検査では、検診の最初の検査よりも、身体的負担や精神的負担が強くなります。

 死亡率減少につながらない「見せかけの『早期発見・早期治療』」では、必要のない「過剰診断」や「過剰治療」が行われることになり、これもまた不利益です。検診を受ける人の身体的・精神的な負担だけでなく、検診、精密検査、治療にかかる費用も不利益と考えられます。

 前々回コラム(本当に必要ながん検診とは)で紹介した、前立腺がん検診のエビデンスでは、前立腺がんで死亡する人を「1人」減らすために、「1,410人」が検診を受け、「339人」が前立腺生検を受け、「47人」が「過剰治療」を受けていました。

 身体的負担や精神的負担を数字で表すのは難しいのですが、前立腺生検や治療を受けるときの苦痛や不安を想像すれば、それなりの「不利益」があることは理解できると思います。



エビデンスと価値観に基づく判断

(4)利益と不利益のバランス


 利益と不利益をエビデンスから読み取ったら、最後に、その二つを天秤(てんびん)にかけて、バランスを判断することになります。利益の重みや不利益の重みは、一人ひとりの価値観によっても異なりますので、判断は必ずしも一定ではありません。

 「不利益」を大きく上回る「利益」が期待できる「本当に必要な検診」であれば、「これだけの不利益が予想されますが、そうだとしても、あなたにとって、社会にとって、これだけの利益が期待できますので、ぜひ検診を受けましょう」と訴え、社会全体でこの検診に取り組むべきでしょう。

 「利益」と「不利益」のバランスが微妙な場合には、社会全体で、その検診の意義について議論を行いつつ、実際に検診を受けるかどうかは、国民一人ひとりが自分自身の価値観に基づいて判断するべきでしょう。

 「利益」が証明されていないような検査は「有害無益」である可能性が高いわけですので、むやみに行うべきではありません。健康診断では、なんでもかんでも検査項目は多い方がよい、と考える人がいますが、それは間違いです。

 確実に言えるのは、「利益」と「不利益」に言及せずに、ただ、「早期発見・早期治療」のスローガンを連呼していても、なんの意味も説得力もないということです。

 これからの時代、社会全体で「エビデンスに基づく議論」を行い、国民一人ひとりが「エビデンスと自分自身の価値観に基づく判断」をするべきなのだと思います。

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

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