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5件 のコメント

風立ちぬ観ました。

チャーミー

風立ちぬ観ました。感動しました。
私はこの映画はファンタジーではなく辛い現実を描いていると感じました。
二郎はやりたい事が出来ているとは言い切れないと思います。何故なら「私は美しい飛行機をつくりたいと思っています。」という言葉から、決して「戦闘機」をつくりたかった訳ではないという事が分かるからです。
『苦しみや悲しみのどん底に落ちた人間が、それでもかすかな希望を見いだし、苦しみとともに生き延びようと、もがく――。そんな話なら「生きねば。」という言葉も響いてくる』という事ですが、自分がつくった美しい飛行機が人殺しに使われ、一機も帰って来ないというのは苦しい事だと思います。そして、二郎が愛する妻菜穂子を亡くした事は間違いなく苦しみ、悲しみのどん底だと思います。それから「生きねば」という言葉については、二郎が夢で、死んだ菜穂子から「生きて」と言われ、結核で苦しみ早世した菜穂子の分も「生きねば」という事だと思います。

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柔肌のお世話にならぬは・・・

さちほ

まだこれから見るところですが…

「主人公を取り巻く女性達が凛として」
理数系の女性はなぜかしっかり者というイメージがあります。理性的とか、筋道を通すとか。

大学の同級にまさにその通りの女性がいました。無駄がない、しっかり者、理詰めで物を言う、考えを曲げない、、、クラスではサッチャーと呼ばれていた。

今50をだいぶ越えたが、まだ独り者。しかも独居。山口氏が仰る「女性は美しいところだけでなく、ちょっと「隙」を見せてくれた方がかわいい」にぴったりです。

サッチャーに恋い焦がれたクラスメイト、猛烈なアタックにもこころ動かさず、20年経ってついに諦めた。彼が言うには恋心って鋼鉄の中にちょっとした「ヒビ」があってそこに食い込まれると、鋼鉄も真っ赤に燃え盛る火の玉になる。

サッチャーは1度も火の玉になったことが無い。女性版「柔肌の 熱き血潮に 触れもみで さびしからずや ・・・」
人として生まれたからには、柔肌のお世話にならぬは、生きている価値がない…ちょっと言い過ぎ。

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コメントへの返事

山口博弥(読売新聞)

ハルとツーさま

 映画からは、少しでもいとしい人のそばにいたい、という気持ちが、本当にひしひしと伝わってきましたよ。
 そして、とても切ない気持ちになります。

 この映画、女性の多くは恋愛映画として見るのではないでしょうか。

サリーさま

 おっしゃる通り、菜穂子も、妹の加代も、凜(りん)としてすてきです。

 「自分の美しいところだけを愛している人に見せたくて」
 女性の永遠の願望なのですね。

 でも、男性の視点から言わせていただくと、女性は美しいところだけでなく、ちょっと「隙」を見せてくれた方がかわいい、という面もありますよ。
 本当に好きなら、たとえ彼女が病気でやつれたとしても、ありのままでいてほしい、と思うのではないでしょうか。

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風立ちぬをみて

サリー

自分の美しいところだけを愛してる人に見せたくて、というせりふが劇中に流れた瞬間女性の本質を奈緒子さんを通して語られた気がしてなりませんでした。
女性はみなそういう願望がありながら年を重ねているのではないか?
この映画は主人公を取り巻く女性達が凛として えてして男性優位と思われていがちなじだいで、女性が女性らしい。美しさをそして心が自立していたとかんじる作品。
女性に味方を変えたら、焦点が当てられていたからこそ女性の永遠の願望であるあのセリフが浮きでてくるそんな映画でした。

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少しでもそばにいたい

ハルとツー

少しでも愛しい人のそばにいたい。
愛しい人とに触れていたい。
生きていたい。
生きていて欲しい。

ただただそう思うのでしょうね。

もうすぐ公開。楽しみにしています。


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