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国民皆保険・皆年金(7)国民年金の創設

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 前回、1955年頃から国民年金制度を作ろうという機運が高まり、1959年に国民年金法が成立、1961年に国民皆年金が実現したことをご紹介しました。

 今回から、国民年金制度の内容について見ていきます。最終的に決まった内容と、そこに至るまでの議論の経緯を知ることで、日本がなぜ「国民皆年金」という理想的だけれど無理もある仕組みを採用したのかが、わかってくると思います。


 制度創設にあたっては、幾つもの論点がありました。

  • 保険料の拠出を条件に年金を給付する「社会保険方式」にするのか、保険料の納付を求めず、税金を財源に年金を給付する「税方式」にするのか。

  • 制度の対象を、国民全員とするのか、既に存在する制度に適用されていない人だけを対象とするのか。保険料負担能力のない学生や専業主婦などはどうするのか。

  • 保険料を納めてもらう期間やその額、年金の額などはどうするのか


 これらの点について、内閣総理大臣の諮問機関である社会保障制度審議会や、厚生省(当時)から委嘱を受けた学識経験者5人の国民年金委員などがそれぞれ検討し、案を公表しました。



社会保険方式か税方式か

 中でも大きな論点となったのが、社会保険方式にするのか、税方式にするのかです。今回は、ここを重点的に見てみたいと思います。

 もちろん、社会保険方式にするといっても、当時、既に高齢になっている人などへの年金は税金で賄うしかありません。だから、何らかの形で税方式による年金給付も行う必要があったのですが、制度の基本をどちらの方式で行うのか、また、社会保険方式を基本とした場合、税方式の年金をどのように取り入れるかで意見が分かれたのです。

 社会保障制度審議会は、社会保険方式を原則としつつも、税方式も恒久的に制度に組み込む案を主張し、国民年金委員は、社会保険方式を原則とし、税方式による給付は例外・一時的とする案を主張しました。

 一方、農業者団体や社会党などは、国民年金の対象者は低所得者が多いことなどから、社会保険方式は難しいとして、税方式一本の制度にするよう主張しました。社会保険方式だと、保険料拠出の記録・管理や、保険料の徴収に手間がかかるという問題もありました。



社会保険方式を基本に

 これに対し、政府は、社会保険方式を原則とし、制度発足時に既に高齢となっている人や、身体障害がある人、どうしても保険料納付の条件を満たせない人などにだけ経過的・補完的に税方式による年金を給付することにしました。なぜ社会保険方式を基本としたのか。その理由を、国民年金法案の提案理由説明(1959年2月13日衆参両院本会議、厚生大臣発言)や、当時書かれた本(小山進次郎著「国民年金法の解説」、1959年)などから見てみましょう。


 主な理由として挙げられているのは次の通りです。

  • 社会保険方式は、「若いうちから、自らの力でできるだけ老後の備えをしておく」という自立自助の考えに基づいており、それは生活態度として当然であるほか、資本主義的な経済体制にも合っている。そうした考えを取ることで、制度の持続可能性も高まる。

  • 高齢者人口が急激に増えていく中で、税方式にすると、国の財政負担が膨大になり、将来の国民に過度の負担を負わせる結果となる。それを避けようとすれば、年金額など給付の内容が、社会保障の名に値しないほど不十分なものにならざるを得ない。

  • 税収はその時々の経済・財政事情の影響を受けやすいため、税方式を基本とすると、制度の安定性や確実性に不安が残る。

  • 諸外国でも年金制度の先進国といわれる国はすべて社会保険方式を原則としている。


 社会保険方式にしたのは、自立自助の精神が日本の社会・経済生活に合っていること、また、高齢化が進む中で、税方式では国民の老後を支えられる本格的な年金制度にならないと考えられたからといえます。



所得が低い人も含める

 社会保険方式を基本に国民皆年金を実現するということは、保険料負担が困難な低所得の人も、制度の対象に含めることを意味します。「国民年金制度が社会保険方式を基本とするならば、保険料の徴収確保が制度の成否を決めるカギとなるはずだから、保険料納付を期待しにくい人は、はじめから制度の適用外とするべきだ」――。こうした反対意見も多く聞かれるなか、貧富や保険料負担能力の差を問わず、基本的に全員を制度の対象とした主な理由としては、以下の点が挙げられます。


  • 一般に、保険料を拠出する能力の低い人こそ年金を最も必要とする人たちだから、その人たちをはじめから除いたのでは、全国民に年金を保障し、それを生活設計の拠り所として、国民生活の安定をはかる、という制度の趣旨が実現できない。

  • 年金制度は長期にわたって保険料を納める仕組みなので、人生のある一時期に負担能力がなくても、後に負担できるようになると考えられる。ある一時期の負担能力だけを問題にして制度の対象外としてしまうと、低所得者にかえって不利な制度となってしまう。

  • 実際上の問題として、拠出能力が十分な人だけにすると、国民年金制度という名を掲げながら、本来、カバーすべき人の2割に満たない人だけを対象にする制度になってしまう。


 「保険料の拠出をしたことで、給付の権利が得られる」ことが社会保険の最大の特徴です。その根本的な性格を変質させる恐れがある人たち、すなわち保険料を拠出する能力が十分ではない人たちまで制度に含めた理由には、国民みんなに年金を行き渡らせ、福祉国家を実現したいといった理想や、財政運営上から見た現実的な判断があったといえそうです。



免除期間を設ける

 さて、保険料は所得捕捉の難しさを考慮して定額とされ、その水準も国民の大部分が負担できる額に設定されました。しかし、それでも低所得の人には何らかの配慮が必要です。そこで、生活保護を受けている人や保険料を負担する能力が乏しいと認められる人には、保険料を免除する制度が設けられました。

 さらに、普通だったら年金を受け取るのに25年以上保険料を納めなければならないところ、低所得で免除を受けている人の場合は、納付済みの期間は最低10年あればよいとされました。最低10年の保険料を納めた期間と、保険料免除期間とを合わせて25年以上あれば、年金を出すこととしたのです。これは社会保険の仕組みからすると「極めて異例な仕組み」(「国民年金法の解説」、1959年)といえます。

 そうまでしても、できるだけ多くの人を社会保険方式による年金制度に含め、年金を給付したいと政府は考えたのです。

 国民年金の内容については、次回も引き続き、見ていきたいと思います。

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inokuma

猪熊律子(いのくま・りつこ)
読売新聞東京本社社会保障部デスク。 1985年、読売新聞社に入社。地方部、生活情報部などを経て、2000年から社会保障部に在籍。1998~99年、フルブライト奨学生兼読売新聞海外留学生として、米スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム「ジョン・エス・ナイト・フェローシップ」に留学。2009年、早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了(社会保障法)。好きな物:ワイン、映画、旅、歌など。著書に「社会保障のグランドデザイン~記者の眼でとらえた『生活保障』構築への新たな視点」(中央法規)など。

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