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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

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本当に必要ながん検診とは

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 「がん検診の案内が届いたけど、受けたほうがよいのかな? でも、やっぱり、めんどくさいから、やめとこうかな?」

 自治体からの手紙を手に、こんな思いを巡らせたことのある方は、日本中にたくさんいらっしゃると思います。

 こういう疑問に直面したとき、納得できる答えを出すにはどうしたらよいのでしょうか?


答えを出すのに役立つEBM

 「自治体がわざわざ手紙を送ってくるのだから、やった方がいいに決まっている。『早期発見・早期治療』がいいと、テレビでも言っている。余計なことは考えずに、自治体の方針を信じて、これを受けよう」

 「家系にがんの人はあまりいないし、自分ががんになるはずはない。検診に行っているような暇もないし、検査も何かと大変そうだし、今回は受けないでいいや」

 どちらの思考経路も、思い当たる人が多いのではないでしょうか。

 でも、これらは、「エビデンス」に基づく判断とは言えません。勝手な思い込みで、自分を納得させているのでしょうが、それでは、本当の「納得」とは言えません。

 納得できる答えを出すのに役立つのが、エビデンスに基づく医療(EBM)の考え方です。


前立腺がん検診 2つのエビデンス

 今回は、前立腺がん検診についてのエビデンスを2つ紹介します。

 血液検査でがんの勢いを調べる「腫瘍マーカー」は、一般には、検診には不向きとされていますが、PSAという腫瘍マーカーについては、早期の前立腺がんでも上がることがわかっていて、早期前立腺がんを見つけるための「前立腺がん検診」に使えるのではないかと期待されています。

 米国で行われた「PLCO試験」には、55~74歳の男性7万6,693人が参加し、1年に1回の検診(PSA検査と、肛門から直腸に指を入れて前立腺がんの様子を診察する「直腸診」)を受けるグループと、検診を受けないグループに、ランダムに割り振られました。約10年間経過観察した結果、前立腺がんで死亡した人の数は、どちらのグループも、ほとんど同じで、検診を行っても、前立腺がんの死亡の減少にはつながらないことが示唆されました。

 ヨーロッパの7ヵ国で行われた「ERSPC試験」には、55~69歳の男性16万2,243人が参加し、4年に1回程度のPSA検査(検診)を受けるグループと、検診を受けないグループに、ランダムに割り振られました。約9年間経過観察した結果、PSA検査を行うことで、前立腺がんで死亡する人の数を約20%減らせることが示されました。

 いずれも、大規模なランダム化比較試験で、間違いなく、「3つ星エビデンス」ですが、2つの試験の結果は一致しておらず、これをどう解釈するかは、難しいところです。

 実際、この2つのエビデンスの最初の報告が、一流医学雑誌である「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載された2009年以降、「前立腺がん検診を行うべきか否か」についての大論争が起きています。


救われる命と様々な不利益

 ERSPC試験の結果を、より細かく紹介すると、次のようになります。

検診を受けるグループに割り振られた人7万2,890人
実際に検診を受けた人5万9,923人
PSAの値が基準値より高かった(前立腺がんの疑いがあり、精密検査が必要と言われた)人2万0,437人
前立腺生検(針を刺して前立腺の組織を採取する検査)を受けた人1万7,543人
前立腺がんと診断された人5,990人
前立腺がんで死亡した人214人


 前立腺がんで死亡した人は、検診を受けないグループの0.80倍に減っていました(266人⇒214人)が、その代わり、前立腺がんと診断され、治療を受けた人は、検診を受けないグループの1.71倍(3,513人⇒5,990人)に増えていました。

 1,410人が検診を受け、339人が前立腺生検を受け、検診を受けていなければ治療を受けることのなかった48人に治療を行うことで、前立腺がんで死亡する人の数を1人だけ減らせた、という計算になります。

 検診を受けたがゆえに治療を受けることになった48人のうち47人は、治療を受ける必要がなかった(余計な治療を受けてしまった)、という見方もできます。

 「早期発見・早期治療」によって救われる命があるのは確かですが、その陰には、様々な不利益もあるということです。

 不利益の例を挙げると、次のようなものがあります。


  • 検診を受けることの手間や費用、合併症

  • 「がんの疑い」があると言われることの精神的負担

  • 精密検査(前立腺生検)の手間や費用、合併症

  • がんの過剰診断と過剰治療(必要ない治療を受けること)


 そういった不利益が、命を救われる人の数よりもずっと多くの数の受診者にもたらされるわけです。

 「それでも、1人でも多くの命を救うことが大事だ」

 という考えもあるでしょうし、

 「1人の命を救うために47人に過剰治療を行う必要があるというのは、バランスを欠いている」

 という考えもあるでしょう。

 実際に受診する立場から見れば、これらの数字もまた違って見えるかもしれません。

 いずれにしても、検診によって救われる命があるということと、検診を受けることによる不利益もあるということをよく理解し、エビデンスに基づいて、そのバランスを考えることが重要です。


エビデンスに基づく議論を

 前立腺がん検診をめぐっては、今も世界中で激しい議論が繰り広げられていますが、なぜか、日本国内では、そういった議論はあまり聞こえてきません。

 ときどき見かけるのは、タレントの間寛平さんが、「PSA検査で前立腺がんを早期発見し、早期治療した結果、再発なく元気にすごしています」と語る、新聞の全面広告です。

 寛平さんの生き様は尊敬すべきものですし、その姿に勇気づけられる人も多いと思います。でも寛平さんの体験談は、「1つ星エビデンス」にすぎず、その体験談だけで、前立腺がん検診の意義を判断することはできません。

 寛平さんが、前立腺がんを早期発見・早期治療したのは事実ですが、それによって命を救われた「1人」なのか、余計な治療を受けてしまった「47人」のうちの1人なのかは、誰にもわからないのです。

 マスメディアや、検診を推進する人たちは、寛平さんの体験談をセンセーショナルに伝えることで、「早期発見・早期治療」が重要だというイメージを国民に埋め込もうとしているわけですが、そういうやり方は、結局、国民の理解を得にくい気がします。

 今、国民が必要としているのは、センセーショナリズムではなく、「エビデンスに基づく医療」(EBM)の考え方であり、マスメディアは、もっと、「3つ星エビデンス」を伝える努力をするべきではないかと思います。

 検診を受けることの利益と不利益を、エビデンスに基づいて考え、本当に必要な検診が何なのかを、国民全体できちんと議論するべき時が来ているのではないでしょうか。「本当に必要な検診」の受診率を上げるためにも、そういう議論が求められていると思います。

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)
腫瘍内科医。東京生まれの神奈川育ち。1998年東京大学医学部卒。2010年より虎の門病院臨床腫瘍科部長。国立がん研究センター中央病院、東京共済病院などで、抗がん剤治療を専門に手がけてきた。がん薬物療法専門医会代表も務める。

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