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[イルカさん]着物作り 自然と伝統守る
淡いピンク地の着物の帯にあしらわれているのは、自身で手がけた絵本に登場する愛らしいキャラクター。軽やかな雰囲気を醸し出しながら、優しさやぬくもりも感じさせる。一緒に作った着物には、絶滅危惧種のトキやジュゴンなどの動物を描いた。
「歌でも、絵本でも、一貫してテーマに掲げてきたのは自然や生き物の大切さ。着物にも同様の思いを込めました」
昨春、着物作りを始めた。着物業界で働く、亡くなった夫の親戚筋から「紙だけではなく、布にも描いてみないか」と声をかけられたのが、きっかけ。コンサートや講演などの仕事の合間に京都の工房を訪れて、布に絵を描いたり、染めたりしている。
まっさらな生地に、着想したデザインを墨で線描きした後、好みの色に調合した染料で彩色。地の色は大きなはけで一気に染め上げる。色のにじみやむらがないように行う作業は緊張の連続で、思った以上に過酷だ。作りたいものによって異なる技法や工程を覚えるのも一苦労という。
「年々体力は落ちているから、目は疲れるし、腕、腰も痛い。文字通り身を削っている感じ。それでも、新しい物事に挑戦していくことが楽しいんですよ」
歌手として活躍するほか、絵本の制作でも知られる。2004年からは、世界各国の政府や自然保護団体で作る国際自然保護連合(IUCN)の親善大使も務める。
着古した風合いのダボッとしたオーバーオール姿がトレードマークのひとつだが、子どもの頃からの着物好き。「チャンバラ時代劇が盛んな頃で、着物を着ているお姫様はあこがれの的でした」。生け花をたしなむ母親が着物を着る機会も多く、帯を締めるのを手伝うこともしばしば。現在、自宅のクローゼットには、オーバーオールとほぼ同数の三十数着の着物がしまってある。
昨秋、韓国で開かれたIUCNの国際会議には、自作の着物で参加した。各国の人が興味深げに集まってきて、着物のことだけでなく、環境問題について有意義な意見交換を行うことができた。
「着物のアピール力ってすごい。派手な民族衣装を着ている女性もたくさんいたけれど、注目度は完全に勝っていましたから。歌、絵本に次いで、自分の思いを表現するツールが増えました」と笑う。
ただ、心配もある。着物作りの勉強の一環として巡る工房の先々で、「後継者不足で技術を継承できない」といった声を耳にするからだ。
「着物の職人がいなくなれば、道具や材料を作る人たちも、やがていなくなってしまう。着物作りの現場も、自然と同じように危機に直面しているんです」
新作に挑みながら、今、胸に秘めている目標が、着物を展示・販売し、染色などの技術体験もできる場の建設だ。職人を招いて勉強会を開いたり、職人を目指す若者に工房を紹介したりする。
「すぐにとはいかないだろうけれど、実現したい。楽しみが増えたと思って、とことん進んでいきますよ」(斎藤圭史)
イルカ シンガー・ソングライター。1950年東京生まれ。74年にソロデビューし、翌年、「なごり雪」が大ヒット。7月に、デビュー間もない時期の曲を収録したアルバム「イルカ アーカイブ」Vol.1、2を同時発売。同月、河口湖ステラシアターでのコンサートも。
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