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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

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患者と医療者の「共通言語」

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 先日、シカゴで、米国臨床腫瘍学会(ASCO)の年次総会が開かれ、世界中から、がんの専門医を中心に約3万人が集まりました。ASCOは、がん医療に関する世界最大規模の学会で、私も、2001年から毎年参加しています。

 今年のASCO年次総会では、臨床研究の成果が約4,500件報告されました。その多くは、「2つ星」か「3つ星」のエビデンス、すなわち、臨床試験の結果報告です。3万人もの専門家が一堂に会するのは、この新鮮なエビデンスをいち早く知り、その意味について議論し、新しいエビデンスづくりの方向性を話し合うためです。

 学会での発表内容は、すぐにインターネットを通じて世界中に配信されます。学会場には、一般向けマスメディアの取材も来ていて、一般の人々にも関わりのある重要な「3つ星エビデンス」があれば、発表当日に、一般紙に掲載され、テレビニュースでも伝えられます。ただ、これは、米国のマスメディアの話であって、残念ながら、日本のマスメディアでは、「3つ星エビデンス」がニュースになることはほとんどありません。前回も書いたように、日本のマスメディアに登場するのは、「星なし」か「1つ星」の情報ばかりです。

 今回は、「3つ星エビデンス」の実例を挙げて、エビデンスとの向き合い方を考えてみたいと思います。

 

乳がんホルモン療法の「3つ星」

 ASCO年次総会では、約4,500件の報告の中でも特に厳選された5つの報告が、参加者全員が集まる巨大ホールで発表されます(「プレナリーセッション」と呼ばれます)。今年のプレナリーセッションで発表された「3つ星エビデンス」の一つをご紹介します。

 発表されたのは、イギリスで行われた、乳がんのホルモン療法に関するランダム化比較試験(aTTom試験)の結果です。

 ホルモン療法が有効と考えられるタイプの乳がんでは、手術の後に、乳がんの再発を予防する目的で、5年間のホルモン療法を行うのが標準治療とされています。この臨床試験は、手術の後に、タモキシフェンという内服薬によるホルモン療法を5年間受けた乳がんの患者さん6,953人を対象としたもので、タモキシフェン内服を5年間で終了するグループ(5年グループ)と、さらに継続して計10年間内服するグループ(10年グループ)にわけて、乳がんの再発率などを比較しています。5年グループには、3,485人が、10年グループには3,468人が振り分けられましたが、この振り分けは、患者さんの意思ではなく、くじ引きのような方法で、「ランダムに」行われています。きちんとした「ランダム化比較試験」であり、「3つ星エビデンス」で間違いなさそうです。

 今回の報告によると、「5年グループ」の672人(19.3%)と、「10年グループ」の580人(16.7%)に、乳がんの再発がみられました。タモキシフェン内服期間を5年間から10年間に延ばすことによって、再発する患者さんの数は、15%減っていました。5年内服だったら再発していたはずの人のうち15%が、10年内服することで、再発を避けられたということです。乳がんの再発を減らすためには、タモキシフェンを、現在の標準期間である5年間ではなく、10年間内服した方がよさそうです。

 いっぽう、タモキシフェン内服の副作用として、子宮体がんの発症が知られていますが、「5年グループ」の20人(0.6%)と「10年グループ」の37人(1.1%)が、子宮体がんで死亡しました。タモキシフェンを10年内服することで、子宮体がんで死亡する危険性が高まるということも、わかったわけです。

 子宮体がんで亡くなる人がわずかに増えたとしても、乳がん再発を防ぐことで命が助かる人の方が多いため、タモキシフェンは10年内服したほうがよい、というのが、この臨床試験の結論です。

 

白黒はっきりしないのが実際のエビデンス

 約7,000人もの患者さんの協力を得て行われた、大規模な臨床試験ですが、皆さんは、この結果をみて、どのように感じられたでしょうか?

「結局、何年治療しても、再発率がゼロになるわけではないんですね」

「15%減ったというけど、それだけですか?」

「3,500人の患者さんのうち、恩恵を受けるのは、たったの100人くらいということですよね」

「子宮体がんが増えるって、そんなのダメじゃないですか」

「結局のところ、私はどうすればよいのでしょうか?」

 いろんな声が聴こえてきそうです。確かに、すっきりしないところもあります。少なくとも、みのもんたさんのような「ズバッ」という説明にはなっていません。

 「ホルモン療法はとにかく10年やればいいんです。あとは何の心配もいりません!」なんて言い切れたら、私も説明が楽なのですが、そんな風に白黒はっきりさせられないのが、実際のエビデンスなのです。

 この臨床試験の結果をめぐっては、専門家の間でもいろいろと議論が起きています。今回の結果で、すべての患者さんに10年間のホルモン療法を勧めるべきなのか、という点については、大きく意見が分かれています。現在の、閉経後乳がん患者さんへのホルモン療法の中心が、タモキシフェンではなく、アロマターゼ阻害薬と呼ばれる薬であるという事実も、議論を複雑にしています。

 

知識共有し、納得できる判断を

 でも、そんな専門家の迷いも含めて、患者さんに、あるがままのエビデンスを知ってもらうのが重要なのだと、私は考えています。同じエビデンスの知識を患者さんと担当医が共有し、その上で治療方針を話し合えば、より納得できる判断ができるはずです。そういう意味で、私は、「エビデンス」とは、患者さんと医療者の「共通言語」になるものだと思っています。

 現在、日本では、約20万人の乳がん患者さんが、手術後のホルモン療法を受けていると推計されますが、今回紹介した「3つ星エビデンス」は、そんな患者さんたちの治療方針に大きく関わる情報です。でも、そのうちいったいどれくらいの人が、この情報を知り、共通言語として担当医と話し合えているのでしょうか? 「星なし」の「〇〇療法」の情報は、マスメディアを通じて驚くほど周知されているというのに、肝心の「3つ星エビデンス」のことは、ほとんど知られていないというのが現実です。

 患者さんが、「エビデンス」を共通言語として操れるようにするにはどうしたらよいのか、次回以降も考えていきたいと思います。

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)
腫瘍内科医。東京生まれの神奈川育ち。1998年東京大学医学部卒。2010年より虎の門病院臨床腫瘍科部長。国立がん研究センター中央病院、東京共済病院などで、抗がん剤治療を専門に手がけてきた。がん薬物療法専門医会代表も務める。

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