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石井苗子の健康術

yomiDr.記事アーカイブ

シャンソンで泣く健康法の良さ

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(「かつては号泣して聴いていたのに……」)

 わたくしはシャンソンの世界に全く縁がございませんでした。

 ところが、建設会社に勤めていた友人から「シャンパーニュで歌うんだけど」と告白され驚愕です。「シャンソン? なんで? 設計図描いてたんじゃなかったの? いつの間に練習?」です。

 「ひとりでやるの?」と聞けば「まさか~」と笑い、瀬間千恵さんとご一緒とか。調べたら、シャンソン世界の超ベテランの方ではありませんか!

 慌ててシャンソン好きの友達に頼んで予約をしてもらいました。本番で友人があがってしまって歌えなくなったら、私が舞台に駆け上がるんだ、ぐらいの気合で、つけまつげに厚化粧でお店に行きましたらギッシリのお客さま。以前、私が出演した小劇場よりもっと出演者に近い所にお席がありました。あのような環境は初体験でした。

左から 私の友人、石井、瀬間千恵。ポスターが、ムッシュ矢田部

 ムッシュ矢田部さんの思い出コンサートという名目で、彼が歌詞を和訳をしたシャンソンが多く歌われました。

 会場のほとんどはご高齢者でした。シャンソンを愛する若者というのは、日本には珍しいのかもしれません。いくら好きでも、収入が厳しいのかもしれません。シャンソンのお店というのも減っているそうです。そういえば、有名な名前の店が次々と消えていったニュースは耳にしたことがあります。

 その夜、私のお隣に、真っ白な着物にクリームホワイトの帯をお召しのご高齢の女性が坐っていらしゃいました。白は「瀬間さんの好きな色」なのだそうです。長年のファンで、ずっと彼女の歌とともに生きてきたとおっしゃる。

 「昔は号泣して聴いていたの、私のために歌ってくれているんだわってね。でもダメね~~。歳からしらね。もう泣けないのよ」「は~~そ~ですか」「石井さんは初めて?」「お恥ずかしいんですけど、今夜は友人が歌うので2回目です」とお答えすると「じゃ、まだ新鮮だわよ」と。

 シャンソンは愛がテーマです。若い時は大げさな愛情表現のようで、気恥かしくて聴けず、自分の生活にシャンソンは必要ないと思っていました。おそらく人を愛することの実感もなかったのでしょう。なんとなく非現実的で、押しつけがましい歌詞だと感じていました。フランス人の感覚ってわからないとも思っていました。なので、その白いお着物の女性から「歳とるとダメね~~」と言われて、始まる前から「私は時すでに遅しか」とガッカリしておりました。

 結果は、真逆でした。

 泣けて、泣けて、どうしようもない歌詞がありました。

 恋愛が面倒くさくなって「うざい!」の一言で片づけることも賢いと思っていた若い頃にあったこだわりや、肩の力が一気に抜けてしまうような歌詞がありました。心の底の底にしまいこんでいた感情をえぐり出されたような感覚になり、これじゃ明日からの私の日常が嫌になってしまうと、気持ちの切り替えをするのに3日ぐらいかかりました。ロマンチックな感情をまた奥深く土で埋めるのに、心の底に押し込めるのに3日ぐらいかかったということです。

 その歌詞は、死んでいく男が「今度の旅だけは、君を連れていけない」と愛人に向かって語るもので、ふたりはどれだけ沢山の旅を一緒にしたのだろうかと思いましたし、もしかしたら夫婦なのかもしれない、あるいは許されない関係だったのかもしれない、でも死んでいくときに「今度の旅だけは一緒に連れていけないね」と言って別れるほど仲がいい。私はうらやましくて泣けて泣けて仕方ありませんでした。「誰かに言ってみたい、誰かにそう言われたい」と涙が止まらなかった。

 みなさん、一度はシャンソンをお勧めします。自分が人生のどこにいて、どんな感情を押しかくしているのか、いないのか、そんな事が分かると思います。

 瀬間さんの歌詞を何度も聴いているという方には出すぎたことを申して申し訳ございません。しかし、前にもここに書きましたが、号泣は時に良い健康術です。

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石井苗子さん顔87

石井苗子(いしい・みつこ)

誕生日: 1954年2月25日

出身地: 東京都

職業:女優・ヘルスケアカウンセラー

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2件 のコメント

シャンソンの魅力

よっちやん

あの独特の歌い回しとアクセントにフランス語で聴いた時は雰囲気だけで、酔いしれますが歌詞が解って聴けたら最高でしようね。

あの独特の歌い回しとアクセントにフランス語で聴いた時は雰囲気だけで、酔いしれますが歌詞が解って聴けたら最高でしようね。

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刑事コロンボ

別れは涙か復讐か

「今度の旅だけは、君を連れていけない」と愛人に語った男がその愛人に射殺され、彼女の庭先に埋められる。40年ほど前に流行った海外ミステリー「刑事コ...

「今度の旅だけは、君を連れていけない」と愛人に語った男がその愛人に射殺され、彼女の庭先に埋められる。40年ほど前に流行った海外ミステリー「刑事コロンボ」を想い出します。

長年、同じ広告会社で働く上司と部下。密かな愛人関係にあった二人。ある日、ニューヨーク本社より、ロス支社長の彼にニューヨク栄転のニュースが飛び込みました。彼が、この話を彼女に切り出すと、彼女は、満面に笑みを浮かべ彼に抱きつきます。「私達、一緒にニューヨークへ行けるのね?」と聞く彼女に、「いや、俺一人で行く。」と彼は平然と応えます。その瞬間、彼女に憎悪の念が芽生えます。涙なぞ「一滴」も出しません。憎しみが復讐に変わり、殺意へと繋がっていきます。

かなわぬ旅と簡単にあきらめられない彼女。直面する現実を前に、理性と感情を交差させて、殺人計画を綿密に企て、実行に移します。彼女はストレスを吐き出しながら、憎き相手に立ち向かっていくのです。泣いて泣いて事態を収拾、やり過ごすという方法は取りません。前者は、交感神経優位、後者は副交感神経優位の対処法といえます。

くだんの彼。彼女に、手切金の代わりの高級車をプレゼントして「きれいな」別れを企てようと、新車のキーをグラスに沈めて、一緒に乾杯しようと細工しても、最後の望み「後任の支社長」話を無下に否定された彼女。火がついた感情はもう止められません。

人間の諸行動はいつも自律神経に影響します。働き過ぎでいつも身体を酷使している人。いつも楽して身体を甘やかしている人。緊張型とリラックス型のどちらに傾いても健康とはいえません。バランスが大切です。このドラマで二人はどちらも緊張型でした。折角の人生なのに、己の昇進のためなら何の逡巡も感じない冷徹な男と、直ぐに逆上する悲しい女。「一滴の」涙が、相手の心の琴線に触れるものとなったのか未だ不明です。

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