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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

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断言できない理由

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 前回は、箱に入った赤と白のボールの「思考実験」で、「信頼度の高い判断の根拠(エビデンス)」について考えました。そして、「絶対に〇〇だ」と断言する情報が信頼できるわけではなく、信頼度の高いエビデンスに基づいて判断するときには、「どちらかというと〇〇がよい」といった「ズバッとしていない」言い方になるということを説明しました。

医療は不確実

 なぜこうなるのかと言うと、答えは簡単で、「医療は不確実」だからです。

 世の中に全く同じ顔をした人がいないように、人間の体は、形も機能も、一人ひとり全く違います。病気も同様で、たとえ同じ病名がついていても、その性質は様々で、治療も一筋縄ではいきません。

 「〇〇さんの△△という病気に対して□□という治療を行った場合、どんな結果が得られますか?」

 と聞かれても、計算機で計算するのとは違って、「絶対的な答え」は出せません。

 答えるとすれば、

 「効果が得られる可能性はある程度期待できますが、効果が得られない可能性もあります。一方でこんな副作用が起きる可能性もあります」

 なんていう、曖昧な表現となってしまいます。

EBMの出発点

 その現実を表したのが、赤いボールと白いボールがごちゃまぜになっている箱です。

 「赤が出る可能性も、白が出る可能性もあって、そのどちらであるかは、治療を受けてみないとわからない」というのが、この箱の本質です。そういう「不確実」なところから始まって、「確実なことはわからないけど、できる限りの予測はしてみよう」というのが、「エビデンスに基づく医療(EBM)」の出発点です。

 より正確に予測できる情報ほど、「信頼度の高いエビデンス」ということになりますが、予測できるのは、あくまでも確率であり、「Bと比べて、Aの方の確率が、どちらかというと高い」という、相対的な優劣に過ぎません。「Aという治療が絶対よい結果をもたらす」というわけではないのです。

 それでも、不確実な医療において、現時点で最善の結果を得ようとするのであれば、信頼度の高いエビデンスに基づいて判断するのが得策であり、そういうEBMの考え方が、現在の医療の原則となっています。

 実は、EBMの考え方が提唱されたのは1990年代ですので、EBMが医療の原則となってからの歴史はごく浅いものです。

 では、EBMが原則となる前の日本の医療はどんなものだったのでしょうか?

「医療過信」から「医療不信」の時代へ

 かつての日本の医療の主役は「お医者様」であり、患者は、「お医者様」を信じ、すべてを任せる傾向がありました。「お医者様」というのは、医療における「絶対的な真実」を知る存在であり、任せておけば完璧な医療を行ってくれると信じられていました。「医療過信」とも言うべき状況です。それと同時に、患者は、「医療の限界」も知っていて、「お医者様に治せないのであれば仕方ない」と考えていました。

 このような信頼関係の下では、多少の医療ミスがあっても、それが明るみに出ることはありませんでした。「古きよき時代」と言ってもよいのかもしれませんが、この「お医者様」と「医療過信」の時代は、1990年代に終わりを告げます。

 情報化社会の到来とともに、医者が「絶対的な真実」を知る存在ではないことがばれ始め、医療ミスも相次いで報道されるようになり、「医療過信」は「医療不信」に、一気に姿を変えました。「お医者様」は死語となり、逆に、医療現場では、「患者様」という言葉が多用されるようになりますが、そんな言葉で医療不信が払拭されるわけがありません。

 医者は、「絶対的な真実」を追い求めていた姿勢を反省し、医療が不確実だという現実を直視して、EBMの考え方を確立します。でも、かつて、「お医者様」を信じていた患者からすると、EBM的な医療は、あまりに頼りないものだったのでしょう。現在に至るまで、「医療不信」の時代は根強く続いています。

 さて、この「医療不信」の時代に、「お医者様」に代わって、患者の信頼を勝ち取っている存在があります。いったいそれは何でしょうか?

 ・・・・次回は、その回答がテーマとなります。

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)
腫瘍内科医。東京生まれの神奈川育ち。1998年東京大学医学部卒。2010年より虎の門病院臨床腫瘍科部長。国立がん研究センター中央病院、東京共済病院などで、抗がん剤治療を専門に手がけてきた。がん薬物療法専門医会代表も務める。

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