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がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~・コラム

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治療法の選び方

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 「あなたには、治療Aという選択肢と、治療Bという選択肢があります。どちらを選びますか?」

 なんて言われて戸惑ってしまった方もおられると思います。

 また、新聞やテレビで○○療法の話を見かけたら、○○療法をやったほうがいいのか、やらないほうがいいのか、迷うと思います。

 患者さんは、治療法について、常に選択を迫られていると言ってもいいかもしれません。情報が増えた結果、選択肢も増え、意思決定しなければいけない場面も増えました。

 今、あなたには、「赤」(治療Aを受ける)という選択肢と、「白」(治療Bを受ける)という選択肢が用意されています。自分の命にもかかわる大事な選択ですので、納得できる「正しい」判断をしたいところです。

「正しい」選択とは?

 では、「正しい」選択とは何でしょうか?

 それは、「よい結果」が得られる方を選択することです。どういうことが「よい結果」なのかというのも大事なポイントなのですが、これは改めて説明することにして、今のところは、あなたにとってプラスになるのが「よい結果」だとご理解ください。

 あなたは、納得できる選択をするために、担当医と話し合います。ここで、一つの大きな箱が登場します。箱の中には、赤いボールと白いボール、あわせて1000個のボールが入っていますが、どれくらいの割合で入っているのか、外からは見えません。あなたが赤か白かを選択したあとで、担当医は、箱の小さい穴から手を入れてボールを1個取り出します。あなたが選択したのと同じ色のボールが出てきたら、それは「よい結果」が得られたということになります。違う色のボールだったら、「よくない結果」です。

 (1)赤か白かを選ぶ = 治療法を選択する

 (2)ボールを取り出す = 治療を行う

 (3)ボールの色をみる = 治療の結果がわかる(同じ色なら「よい結果」)

 ということです。

 中身の見えない大きい箱を前にして、あなたと医師の話し合いが始まります。7人の医師がそれぞれ次のような説明をします。

医師(1)

「赤を選ぶべきです。私には、赤いボールを引き寄せる特殊な能力があるので、それを信じてください。」

 

医師(2)

「赤を選ぶべきです。うちの教授が『赤だ』と言っているので間違いありません。」

 

医師(3)

「赤を選ぶべきです。テレビで赤がいいと言っていたから、絶対に赤がいいはずです。」

医師(4)

「どっちでも好きな方を選んでください。私にはどちらがいいのかわかりません。」

医師(5)

「赤を選ぶべきです。この箱を試験管に置き換えて実験をしたら、何度繰り返しても、赤い物質ができました。」

医師(6)

「赤を選ぶべきです。さっき、この箱からボールを1個取り出したら、それは赤いボールでした。」

医師(7)

「どちらかというと、白を選ぶ方がよいと思います。さっき、この箱からボールを100個取り出してみたら、赤が40個、白が60個でした。」

信頼度の高い根拠

 この説明を聞いて、あなたらなら、どの医師の言葉を信じ、赤と白のどちらを選ぶでしょうか。

 医師(1)(2)(3)は、箱の中身を科学的に予測しようとするのではなく、特殊な能力、教授の意見、マスメディアの情報だけを根拠に赤を勧めています。選択の根拠として、信頼度の高いものとは言えません。箱の中身を科学的に予測できないとすれば、医師(4)のように「私にはわかりません」と言うのが、科学的に正しい態度なのかもしれません。

 医師(5)(6)(7)は、箱の中身を科学的に予測してそれを根拠に見解を示していますが、このうち、信頼度の高い根拠はどれでしょうか?

 医師(5)は、試験管実験の結果から赤を勧めており、なんとなく科学的なようにも見えますが、「箱」と「試験管」は違うでしょ?と言われたら、それに反論はできません。

 医師(6)は、箱そのものを根拠にしていますので、信頼度はそれなりにあるのですが、たった1個のボールの色だけで、次のボールの色を予測するのには無理があります。

 医師(7)が示したのは、「箱の中の白いボールの割合が60%である」という信頼度の高い予測で、この情報は、他のどの医師の言葉よりも重要です。

 「信頼度の高い根拠」という基準で選ぶとすれば、最も信頼できるのは医師(7)の言葉であり、あなたは白を選ぶのがよい、ということになります。

エビデンスに基づく医療

 こういった「判断の根拠」のことを、私たちは、「エビデンス」と呼びます。そして、エビデンスの信頼度についてのルールを決め、より信頼度の高いエビデンスに基づいて治療法を選択しましょう、というのが、「エビデンスに基づく医療(EBM)」の考え方です。EBMは、現在の医療の基本的原則として、世界中に広まっています。

 このルールによれば、医師(1)(2)(3)が示したのは、エビデンスと呼ぶことも難しい、信頼度の低い情報です。

 医師(5)の示したような、試験管実験や動物実験(「基礎研究」と呼びます)の結果というのは、箱そのものの情報ではない、すなわち、「実際の患者さんに対する治療の影響がわからない」という点において、信頼度が低いとみなされます。

 EBMのルールでは、箱そのものの情報、すなわち、「実際の患者さんに対する治療の影響」についてのエビデンスが重視されます。エビデンスを生み出すのは、実際にその治療を行った結果がどうであったかを調べる「臨床研究」です。医師(6)が行ったのは、確かに「臨床研究」に相当するのですが、ボール一つだけだと、そのエビデンスの信頼度は低いわけです。

 今回の例では、医師(7)が行ったのが、質の高い臨床研究であり、それによって示されたエビデンスの信頼度が最も高いということになります。このように、臨床研究の種類によって、エビデンスの信頼度に細かいランクがつけられています。

 医師(7)の示したエビデンスの信頼度が高いというのはなんとなくわかってもらえたのではないかと思うのですが、でも、「どちらかというと白の方がよい」なんて、なんだか頼りないですよね。それよりは、医師(1)(2)(3)のように、はっきり断言してくれた方が信頼しやすいという声も聞こえてきそうです。実際、EBMの考え方に沿って説明をする医師よりも、根拠はともかく、ズバッと断言する医師の方が、世の中のウケはよいようで、マスメディアでも重宝されているようです。

 それでも、患者さんに本当に必要なのは、ズバッというわかりやすさよりも、EBMの考え方なのだという話を、次回させていただきます。

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高野先生コラム_顔120

高野利実(たかの・としみ)
腫瘍内科医。東京生まれの神奈川育ち。1998年東京大学医学部卒。2010年より虎の門病院臨床腫瘍科部長。国立がん研究センター中央病院、東京共済病院などで、抗がん剤治療を専門に手がけてきた。がん薬物療法専門医会代表も務める。

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