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不安の聞き取り 医師の役割

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病気について詳しく説明する磯部さん(東京都文京区の東京医科歯科大病院で)

 医師に思いを伝えられない患者と、患者の不安をくみ取れない医師。知識量も立場も異なる両者が、コミュニケーションを深めるにはどうすればいいのか。「話を聞かない医師 思いが言えない患者」(集英社新書)などの著書がある東京医科歯科大循環器内科教授の磯部光章さんと考えてみた。

患者 具体的に伝える必要

 医師の間でよく知られた言葉がある。「ドアノブ・クエスチョン」。初診患者が診察室を出る直前に、ドアの取っ手に手をかけた状態で医師の方を振り向き、一番聞きたい質問を投げかけることをいう。

 磯部さんにも記憶に残る患者がいる。40歳代の男性で、せきと発熱のため受診した。風邪と診断し、薬の副作用などを伝えたが男性は黙ってうなずくばかり。「3日たってもよくならなかったら、またいらっしゃい」と離室を促した。

 男性はドアの取っ手をつかみながら振り向き、尋ねた。「先生、エイズってことはないですよね」

 改めて椅子に座ってもらい理由を聞くと、「3か月前の東南アジア出張で買春してしまった。昨日からせきと発熱があって心配になった」という。

 念のため血液検査を受けてもらい、エイズウイルスには感染していないと分かった。男性は安心したが、磯部さんは「大いに反省した」という。

 「男性はエイズを心配して受診したのに、見抜けなかった。患者の中には、病気よりも今後の仕事や生活に大きな不安を抱く人もいる。様々な不安を聞き取り、配慮するのも医師の役割」と磯部さんは強調する。

 患者側も心配事を具体的に伝える姿勢が求められるが、初対面の医師に聞きづらいことは多い。そこで磯部さんは医師に対して「診察の最後に『ほかに何か心配はありませんか?』と必ず付け加える習慣をつけてほしい」と呼びかける。

 患者の思いを重視すると、医療の常識とは違う方向に事態が進むこともある。

 磯部さんは昨年、胸部大動脈(りゅう)の破裂で運び込まれた60歳代の男性に対応した。緊急の手術が必要な状態だったが、男性は「もう十分生きた」と拒んだ。

 本人の同意がなければ手術はできない。磯部さんは、男性が病状や手術の意味を本当に理解しているか、一時的な感情に流されてはいないか、などを確認するため、ベッドサイドで時間をかけて話を聞いた。男性はこれまでの人生と、生に執着しない考えを説得力のある言葉で語った。磯部さんはその真摯(しんし)な思いに納得し、手術を見送った。男性が死亡する確率は非常に高かったが、幸いにも助かり退院できた。

 磯部さんは語る。「何がよい人生であるかは人それぞれ。医師は患者の物語に耳を傾け、満足してもらえる医療を提供する使命がある。患者側も、医師に何を求めるのかを明確にし、医師との対話を深めてほしい」(佐藤光展)

胸部大動脈瘤の破裂
 心臓につながる大動脈にこぶ状の膨らみができ、破裂すると大出血が起こる。緊急手術が必要になる。
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