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ケアノート

コラム

[春やすこさん]「ええ格好せん」介護

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周囲の支え 心にゆとり

「近所の子らが学校帰りにうちに寄って、両親に声をかけてくれることも。人情味あふれる街にも助けられてます」(兵庫県内で)=長沖真未撮影

 タレントの春やすこさん(51)は、大阪市内の自宅で、介護保険制度で最重度となる「要介護5」の父親(80)と、「要介護3」の母親(76)を世話しています。心労が重なってつらい時期もありましたが、家族や周囲の人に支えられ、「ずっと一緒に過ごしたい」と話します。

1人で両親の世話

 もともと体の弱かった父ですが、18年前に胃を全摘出して以来、さらに病気がちになりました。脳出血、腹部大動脈(りゅう)、急性心筋梗塞……。脳梗塞で倒れてからは右半身が不自由になり、つえなしでは歩けないようになってしまって。

 母も10年ほど前から肝臓を悪くして入退院を繰り返し、外出時は酸素吸入の用具が欠かせません。その頃実家近くに住んでいた私は、何かあるとすぐ呼ばれました。育児で仕事を控えていた時期だったから対応できましたが、具合が悪くなるのは決まって夜。子どもを寝かしつけ、慌てて実家に駆け付けることもしばしばでした。

 2005年に自宅を建てることになりました。その時、中学生だった息子が「おじいちゃんたちが心配やから、一緒に住も」と言ってくれたんです。夫も当たり前のように「それはええな」って。うれしかった。でも、甘えてばかりではいけないので、両親の面倒は私が一人で見ようと決めたんです。

  ところが2年半前、事態は急変する。父が自宅で階段から落ち、完全に寝たきりになった。

 父はベッドから起き上がることもできなくなりました。トイレにも行けないから、下の世話も必要です。

 母と2人で介護していましたが、昨年5月には母が自転車で転倒し、太ももを骨折したのです。手術のため入院したのですが、その最中に腎臓も悪くなり、人工透析も受けるようになってしまいました。

 立て続けに悪いことが起こり、目の前は真っ暗。パニック状態です。母の病院には通わなあかんわ、家では父の世話が待ってるわ。やっと子育てから解放されたのに、どうしてこんなことにって。

 でも、愚痴を言ったところで何も始まらない。とにかく2人の面倒を見ようと、自宅に介護ベッドを並べました。朝6時に父のおむつを替え、家族の食事を作ったら、次は両親の着替えの手伝い。そうこうするうちに昼食の支度の時刻になり、午後は家事の合間に母を病院に連れて行き、父の世話。休んでいる暇なんてありません。

 父は体格がよく、ベッドから起こすのも大変です。私はそれで腰を痛め、ストレスで食べ過ぎることもありました。施設に入所してもらおうかとも思いましたが、費用がかかります。父も母も家がいいと口をそろえるし、余計に「私が頑張らな」と思い詰めてしまって。

デイサービス利用

  そんな頃、病院からケアマネジャーを紹介され、デイサービスの利用を勧められた。

 私も不勉強で、デイサービスの存在なんて全く知らなかった。介護を人任せにするようでためらいもあったけど、「あなたまで体を壊したら何もならへん」と言われ、ふっと肩の力が抜けました。

 今は週3回、朝から夕方までは施設のお世話になっています。他人と一緒に過ごすのが苦手な父は嫌がりましたが、「娘のためやと思って」と強くお願いしました。このままだと私がつぶれてしまうから、って。ストレスから両親に声を荒らげてしまう自分が、本当に嫌だったんです。

 それからかな、息抜きできるようになったのは。たまにゴルフに行ったり、家族や友人と食事に出かけたり。父が帰る時間に間に合わない時は、近所の人に「ちょっと見といて」ってお願いすることも。心にゆとりが持てるようになりました。もしあのままだったら、どうなってたか。

気負わずに

  昨秋、父が肺炎で入院。重篤な状態で、一時は生死の間をさまよったが、事なきを得た。春には退院し、再び在宅介護が始まる。

 語弊があるかもしれませんが、「介護は真面目にしようとしないこと」が大切だと思います。大阪弁でいうなら「ええ格好せんこと」。家族や友人、ご近所の力を借り、公的サービスにも頼ったらいいんです。

 両親を介護できているのも、2人がずっと私に愛情を注いでくれたからです。父と母の世話をする私を見て、子どもたちも感じることがあると思う。「人に優しく」なんて、聞いて教わるんじゃなく、実際にそうしている姿を見て学ぶものだと思うんです。

 2人の子はよく、祖父母のベッドの間に座って話し相手になってくれます。娘は毎日、入浴の介助もしてくれる。思いは伝わっているのかな。

 父が帰ってきたらまた大変な日々が始まりますが、やっぱり、一緒に暮らせるのはうれしい。家族で力を合わせ、気負わずにやっていこうと思っています。(聞き手・田島武文)

 はる・やすこ 1961年、大阪府生まれ。75年に女性漫才コンビ「春やすこ・けいこ」でデビュー。アイドル的な人気を誇り、81年には上方漫才大賞新人賞を受賞。現在は、テレビ番組の司会やドラマ、舞台などで活躍している。

 ◎取材を終えて 「今は父が入院してるから、ほんまに楽させてもらってます」と、冗談めかして話すやすこさん。職業柄もあるのだろうが、努めて明るく振る舞う様子に、両親を同時に介護する大変さがうかがえた。決して楽ではない現状を受け入れることができるのは、父母への感謝の気持ちがあるからだろう。「やんちゃだった私を信頼し、ずっと大事にしてくれたから」。注がれた愛情のぶん、人は優しくなれるのだと感じた。

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