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人のぬくもり 最高の肴…モラスキーさん、居酒屋の文化論

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「かとりや」の焼き台前で顔見知りと談笑するマイク・モラスキーさん(右から2人目)=里見研撮影

 夜な夜な居酒屋をハシゴし、赤ちょうちんがあるからこそ日本永住を望む。そんな米国出身の一橋大教授マイク・モラスキーさん(56)が、東京周縁の居酒屋探訪記「呑めば、都 居酒屋の東京」(筑摩書房)を出版した。モラスキーさんは居酒屋をどんな場と見ているのだろうか。

 まだうっすら明るい午後5時過ぎ。モラスキーさんが、東急・溝の口駅西口の立ちのみ屋「かとりや」(川崎市)に着くと、焼き台の周りの特等席は、既に常連客でいっぱいだった。

 「モラさん、久しぶり。(本を書いて)ちょっとした有名人じゃない」と顔見知りがからかうと、「でも、一緒にのもうって誘ってくるのはオッサンばかりだよ」と返し、笑いが起きる。客や店の人との軽妙なやり取りが居酒屋の最高の(さかな)だ。

 「死んでたかと思ったよ」「お前の方こそ生きてたのか」は常連のあいさつの定番だ。「男の世界だから、素直に『会いたかったよ』とは言えない。皮肉な言い回しで互いの存在を確認し、自分の存在価値を確認しているように見える」

 かとりやでは大将が忙しい時は常連が自分で酒をついで「頂いたよ」と声をかけ、勘定を少なく計算されたら「もっとのんだよ」と訂正する姿も見かける。

 「そういう信頼関係、人間関係に人間の温かさや優しさを感じるのです。店がサービスを提供し、客が消費するという一方的な関係じゃない。店と客が一体となって大事に守ろうとしている人間中心の場であることが、居酒屋の魅力です」

 1976年に初来日。日本語もあまり話せないうちから住んでいた東京都葛飾区の居酒屋に出入りするようになり、その人間味あふれる空間に魅了された。

 「アメリカは大規模チェーン店の大きなハコばかり。車社会の殺伐とした商業文化にこりごりしていたので、居酒屋のような路地文化にひかれた。日本の居酒屋は個人経営が多く、店が小さいから必然的に人間関係が濃密になる」

 居酒屋は都市社会学でいう「第三の場」だとも分析する。「家庭でも職場でもなく、行きたいから行く場所。責任を伴わない開放的な場だからこそ癒やしと再生の効果がある」と話す。

 チェーン店には近づかず、「昭和な雰囲気」を演出する歴史のない店を「居酒屋テーマパーク」と切り捨てる。黙々と呑もうが交流を楽しもうが自由だが、店の「行動文法」を理解することは欠かせない。基本は、でしゃばらず、場を読み、人に迷惑をかけないこと。大学の授業では、学生に行ったことのない町の居酒屋に一人で入る課題も出す。

 「他者と出会うのにネットを媒介にしがちな若者が、別の世代と顔を合わせ、それなりに面白く、気持ちよく過ごすためにどう振る舞えばいいか。高度な観察眼、感性、話術を必要とする実践的な社会勉強の場です」

 モラスキーさんの居酒屋探訪はたいてい昼間の町歩きとセットだ。町の戦後史を調べるうちに「魅力的な居酒屋は闇市や赤線・青線地帯、朝鮮人街など、虐げられていた人たちがはい上がってきた場所にあることにも気づいた」という。

 「戦後初期の破壊的な状況から、たくましく新たな社会を再建しようとした名残が路地裏の居酒屋にはある。再開発で路地をつぶす動きも多いが、東日本大震災以降、日本社会が揺らいでいる今こそ路地の文化から学ぶことは多い」と語る。(岩永直子)

マイク・モラスキー
 1956年、米セントルイス市生まれ。ミネソタ大教授を経て一橋大社会学研究科教授。専門は日本の戦後文化論。日本滞在歴はのべ20年。ジャズピアニストとしても活動中。著書に「戦後日本のジャズ文化」(青土社)「その言葉、異議あり!」(中公新書ラクレ)など。3月に随筆集「ひとり歩き」(幻戯書房)も出版予定。

 

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