文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

これからの人生

yomiDr.記事アーカイブ

[出口治明さん]海外ぶらり 「人間」を知る

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
「100年後、世界一の会社に」という大目標に向かって、若い社員も混じってアイデアを出し合う社内会議。「マラソンに例えれば、まだ競技場を出たところです」(東京都千代田区のライフネット生命保険で)=守谷遼平撮影

 細かい計画を決めず、気ままな旅に出るのが何より好きだ。欧州の旅なら、広域で鉄道が乗り放題になる「ユーレイル・パス」を手に、降り立った主要都市からふらりと列車に乗る。

 「車窓の風景を気に入って途中下車したり、子どもが一緒にいれば、ガイド本で『ここにしよう』と子どもの言う所に向かったり。そんな歩き方が好みですね」

 開業5年目のベンチャー企業のトップとして多忙な日々だが、サラリーマン時代から続けてきた年2回の海外旅行は、今も必ず時間を見つけて出かけている。

 訪れた街は、欧州を中心に50か国・1000か所に。とりわけ、歴史書に登場する土地や、美術書で出会った絵画を訪ねるのが楽しみで、昨夏は「シャンパーニュの大市」として中世に栄えたフランスのプロヴァンを、家族とともに訪れた。

 「自分の足で世界を歩けば、時代や国を超えて変わることのない、人間の本質が見えてくる」と話す。

 昔の人は何を思い、世界の人は今どう考えているのか――。様々な土地や歴史を体感することが、人生の転機をまたいで生きてきた自分に、確かな「座標軸」を与えてくれていると実感している。

 国内最大手の生命保険会社で部長まで経験した後、インターネット販売が専門の「ライフネット生命保険」の起業に踏み切った。

 きっかけは、左遷だった。国際業務部長だった1996年に、海外で広く事業展開するプランを練り上げた。少子化で国内市場の縮小は避けられず、将来の収益の柱にする狙いだった。

 ところが、翌年に社長が交代。「国際展開は当面必要なし」と社の方針が一転した。グループ会社に出された時は、55歳になっていた。もう生保の仕事に戻ることはないと、「遺書」のつもりで本を書き上げた。そこで紹介したインターネット専業の保険会社構想が、若い投資家の目に留まり、思ってもいなかった起業を提案された。

 「20、30歳代の若者が貧しくて、子供を持つことをためらう社会なんて間違っている」。世界を回り、日本で感じていた疑問が頭をよぎり、「経費を抑えたインターネット販売で、保険料が半分の手頃な商品を売ろう」と決意した。

 2008年に開業すると、契約数は4年半で15万件を超え、昨年春には上場を果たした。「人生の多くのことは予定通りにはいかず、偶然で決まる。僕の起業も、会社の方針が変わったから、面白いチャレンジが回ってきた」

 旅と同じく、直感で方向を決める自由なスタイルが、第二の人生の扉を開いた。

 招かれれば全国どこへでも、手弁当で講演に駆けつけている。週末も含めると、講演回数は年200本に上る。題材は、保険や起業の体験にとどまらず、日本の将来や若者の就職、リーダーシップ論など、幅広い。

 2月に都内で行った講演では、大学生や就職直後の若い社会人が聴衆だった。熱心に聞き入る若者たちに、「人に会い、本を読み、旅をして、脳に情報をいっぱい取り込むこと。そうしないと、いいアイデアなんて浮かんでこない」と力を込めて語った。それこそが、自分自身が旅を通して学んできたことだったから。(滝沢康弘)

 でぐち・はるあき ライフネット生命保険社長。1948年、三重県生まれ。72年に日本生命保険入社。ロンドン事務所長、国際業務部長などを経てグループ会社取締役。2006年にライフネット生命の準備会社を設立し、08年5月開業。著書に「生命保険入門」(岩波書店)など。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

これからの人生の一覧を見る

最新記事