医療部発
医療・健康・介護のコラム
マインドフルネス・ワークショップ体験記(2)
「ある物体」を、見て、触って、口に入れた
次に参加者全員が行ったのは、「レーズン・エクササイズ」と呼ばれる練習です。
まず、レーズン2粒が入った小さな透明のビニール袋(お年玉を入れるポチ袋のサイズ)が参加者全員に配られます。ひと目でレーズンと分かりますが、カバットジン博士は、ちょっといたずらっぽくほほ笑みながら、こう話しました。
「ここではあえて“この物体”の名前は言いません。まるで生まれて初めて見る物体であるかのように扱ってください」
袋の中から1粒を取り出します。
最初は、じっと観ます。もちろん、私はレーズンをこんなに一生懸命に観たことは生まれて一度もありません。
これまで抱いていたレーズンのイメージは、「黒っぽい紫色で、しわしわ」。それだけでした。しかし、じっと観ると、いろいろなことに気づきます。
しわがよっていない部分は、ツルツルした光沢がある。そのツルツルの部分には、しわではなく、小さな傷がついている。色は1色ではなく、ややグラデーションになっている。天井の照明にかざして観ると、明るい茶色に変わり、光が鈍く透けて見える。
次に、指で触ります。
ツルツルしているけど、完全な球体ではなく、でこぼこしている。手がベタベタするほどではないが、何となく、かすかに、皮膚に何かが残るような感覚がある。もしかしたら、甘いことを経験で知っているので、糖分のイメージが湧いてそういう皮膚感覚を感じるのかもしれない。
その時、ちょっとだけ、心の中で嫌な感情がわきました。
「ベタベタするということは、指についている微細な汚れがレーズンに付いてしまうのではないか。後できっと、これを口に入れて食べるはずだ。汚いじゃないか……」
でも、そういう感情はすぐに受け流します。
次は、手のひらに乗せます。
かすかに重さを感じる。でも、ほとんど分からない。
耳のそばに持っていきます。
何も聞こえない。振ってみる。やっぱり何も聞こえない。
においをかぎます。
かすかに甘いようなにおいがします。
今度は、指でつまんだ「物体」を、ゆっくりと口の中心に近づけます。
口に入れます。最初はかみません。
舌の上に乗せると、舌と歯、上あごが物体を包み込むように近づく感じがします。口腔(こうくう)内の体積が狭くなった感じ。そして、少し唾液があふれます。
1回だけかみます。
甘い、そしてかすかに酸っぱい液体があふれ出ます。ミカンや梨やスイカのひと切れように水分が多いわけではない、小さな小さなレーズンです。なのに、意識を集中していると、甘い液体がじわっと口いっぱいに広がるように感じられました。ほぼ同時に、舌の両脇から唾液があふれ出ます。
1回分を味わったら、続けて数回、ゆっくりとかみます。かんでいるうちに中身が溶けて硬い皮の部分だけになり、なかなか細かくかみ切れません。しばらくして細かくなり、味もほとんど感じなくなりました。そして、のみ込みたくなったら、のみ込みます。小さくなった皮がのどをゆっくり通り、食道を経て胃に落ちていきます。
レーズンはレーズン。何の変哲もないレーズンなのに、意識を集中して観察するだけで、これだけ変化してしまう。もちろん、レーズンを食べる時はいつもこうしましょう、ということではありません。「1粒のレーズンを食べる」というシンプルな行為の中に、これだけ大量の情報があるのです。私たちは普段、それらを取捨選択して生きています。人が経験する事象・体験というのは、その人の受け止め方や対応次第で、ガラリと変わってしまう。そのことを頭ではなく、五感で理解するエクササイズなんですね。
その時に使ったお箸がこれ。食事に参加した人全員へのプレゼントでした。
2日目の昼と夜、3日目の朝には、大講堂や大食堂などでお弁当を食べました。この時も、隣や向かいの参加者とのおしゃべりは一切禁止。いつものように次から次にパクパク食べるのではなく、おかず一つ一つをゆっくり箸でとり、それを目、鼻、舌、歯などの感覚を総動員して味わいました。
こうしたマインドフルな食べ方は、健康にもいいはずです。
意識を集中して食べるので、味の繊細な部分まで感じます。すると、濃い味を不快に感じてきます。しょうゆやソース、ドレッシングをたくさんかけずに済み、塩分や糖分を減らすことができます。さらに、時間をかけてよくかんで食べるので、満腹感も増し、食べる量も少なくて済む。つまりダイエットにもいいのです。
私はと言うと、まだまだダメで、ついついマインドレス(マインドフルの反対語=意識が集中していない状態)に食べてしまうことも少なくありません。一口目だけ味わい、後はどうでもいい考え事をしながら食べているのです。仕事が忙しい時は昼食に時間をかけられず、意識どころじゃないこともあります。
それでも、以前よりは格段に料理を味わって食べることができるようになり、薄味でもおいしく感じるようになりました。
(次号につづく)
山口博弥(やまぐち・ひろや)
1997年から医療情報部。胃がん、小児医療制度、高齢者の健康、心のケアなどを取材してきた。自称・武道家。
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観て、聴いて、匂って、味わって、感触を楽しむ。その総合した意識はというと。はじめての経験。しかし、干しぶどうで、そこまでするか~。って感じです。...
観て、聴いて、匂って、味わって、感触を楽しむ。
その総合した意識はというと。
はじめての経験。
しかし、干しぶどうで、そこまでするか~。
って感じです。
こんどやってみます。
度一切苦厄になるか・・・
ラミーチョコのほうがいいか?
迷う。煩悩まるだし。
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