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医療部発

コラム

マインドフルネス・ワークショップ体験記(2)

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「ある物体」を、見て、触って、口に入れた

レーズンを手に説明するカバットジン博士。右は通訳の女性(横浜市の総持寺で。マインドフルネスフォーラム2012実行委員会提供)

 次に参加者全員が行ったのは、「レーズン・エクササイズ」と呼ばれる練習です。

 まず、レーズン2粒が入った小さな透明のビニール袋(お年玉を入れるポチ袋のサイズ)が参加者全員に配られます。ひと目でレーズンと分かりますが、カバットジン博士は、ちょっといたずらっぽくほほ笑みながら、こう話しました。

 「ここではあえて“この物体”の名前は言いません。まるで生まれて初めて見る物体であるかのように扱ってください

 袋の中から1粒を取り出します。

 最初は、じっと観ます。もちろん、私はレーズンをこんなに一生懸命に観たことは生まれて一度もありません。

 これまで抱いていたレーズンのイメージは、「黒っぽい紫色で、しわしわ」。それだけでした。しかし、じっと観ると、いろいろなことに気づきます。

 しわがよっていない部分は、ツルツルした光沢がある。そのツルツルの部分には、しわではなく、小さな傷がついている。色は1色ではなく、ややグラデーションになっている。天井の照明にかざして観ると、明るい茶色に変わり、光が鈍く透けて見える。

 次に、指で触ります。

 ツルツルしているけど、完全な球体ではなく、でこぼこしている。手がベタベタするほどではないが、何となく、かすかに、皮膚に何かが残るような感覚がある。もしかしたら、甘いことを経験で知っているので、糖分のイメージが湧いてそういう皮膚感覚を感じるのかもしれない。

 その時、ちょっとだけ、心の中で嫌な感情がわきました。

 「ベタベタするということは、指についている微細な汚れがレーズンに付いてしまうのではないか。後できっと、これを口に入れて食べるはずだ。汚いじゃないか……」

 でも、そういう感情はすぐに受け流します。

 次は、手のひらに乗せます。

 かすかに重さを感じる。でも、ほとんど分からない。

 耳のそばに持っていきます。

 何も聞こえない。振ってみる。やっぱり何も聞こえない。

 においをかぎます。

 かすかに甘いようなにおいがします。

 今度は、指でつまんだ「物体」を、ゆっくりと口の中心に近づけます。

 口に入れます。最初はかみません。

 舌の上に乗せると、舌と歯、上あごが物体を包み込むように近づく感じがします。口腔(こうくう)内の体積が狭くなった感じ。そして、少し唾液があふれます。

 1回だけかみます。

 甘い、そしてかすかに酸っぱい液体があふれ出ます。ミカンや梨やスイカのひと切れように水分が多いわけではない、小さな小さなレーズンです。なのに、意識を集中していると、甘い液体がじわっと口いっぱいに広がるように感じられました。ほぼ同時に、舌の両脇から唾液があふれ出ます。

 1回分を味わったら、続けて数回、ゆっくりとかみます。かんでいるうちに中身が溶けて硬い皮の部分だけになり、なかなか細かくかみ切れません。しばらくして細かくなり、味もほとんど感じなくなりました。そして、のみ込みたくなったら、のみ込みます。小さくなった皮がのどをゆっくり通り、食道を経て胃に落ちていきます。

 レーズンはレーズン。何の変哲もないレーズンなのに、意識を集中して観察するだけで、これだけ変化してしまう。もちろん、レーズンを食べる時はいつもこうしましょう、ということではありません。「1粒のレーズンを食べる」というシンプルな行為の中に、これだけ大量の情報があるのです。私たちは普段、それらを取捨選択して生きています。人が経験する事象・体験というのは、その人の受け止め方や対応次第で、ガラリと変わってしまう。そのことを頭ではなく、五感で理解するエクササイズなんですね。

総持寺の大食堂では、曹洞宗の作法にのっとって食事をいただきました。
その時に使ったお箸がこれ。食事に参加した人全員へのプレゼントでした。

 2日目の昼と夜、3日目の朝には、大講堂や大食堂などでお弁当を食べました。この時も、隣や向かいの参加者とのおしゃべりは一切禁止。いつものように次から次にパクパク食べるのではなく、おかず一つ一つをゆっくり箸でとり、それを目、鼻、舌、歯などの感覚を総動員して味わいました。

 こうしたマインドフルな食べ方は、健康にもいいはずです。

 意識を集中して食べるので、味の繊細な部分まで感じます。すると、濃い味を不快に感じてきます。しょうゆやソース、ドレッシングをたくさんかけずに済み、塩分や糖分を減らすことができます。さらに、時間をかけてよくかんで食べるので、満腹感も増し、食べる量も少なくて済む。つまりダイエットにもいいのです。

 私はと言うと、まだまだダメで、ついついマインドレス(マインドフルの反対語=意識が集中していない状態)に食べてしまうことも少なくありません。一口目だけ味わい、後はどうでもいい考え事をしながら食べているのです。仕事が忙しい時は昼食に時間をかけられず、意識どころじゃないこともあります。

 それでも、以前よりは格段に料理を味わって食べることができるようになり、薄味でもおいしく感じるようになりました。

次号につづく)

山口博弥(やまぐち・ひろや)
1997年から医療情報部。胃がん、小児医療制度、高齢者の健康、心のケアなどを取材してきた。自称・武道家。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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1件 のコメント

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一粒で何度もおいしい

木戸愛楽

観て、聴いて、匂って、味わって、感触を楽しむ。その総合した意識はというと。はじめての経験。しかし、干しぶどうで、そこまでするか~。って感じです。...

観て、聴いて、匂って、味わって、感触を楽しむ。
その総合した意識はというと。
はじめての経験。

しかし、干しぶどうで、そこまでするか~。
って感じです。
こんどやってみます。

度一切苦厄になるか・・・
ラミーチョコのほうがいいか?
迷う。煩悩まるだし。

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