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[一般の部・入選] 心に残る医療

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石田 博美(いしだ ひろみ) 広島・無職

 十二年前、色々なストレスからうつと人格障害を発症し、精神科に通院することになった。

 今日までの治療の道のりは、まるで真っ暗闇の中にいるようで、混乱の極みの中でいつも泣き叫び、暴れていた。人生に対する絶望、怒り、悲しみ、憎しみ、淋しさの嵐は、周囲をも巻き込み、振り回していった。

 主治医は「あなたみたいな患者、初めてだ。」「重症。」「あなたが一番手がかかる。」と、呆れながら、辛抱強く私を診てくれた。

 「死にたい。死にたい。」と泣く私に、主治医は「死なんでいい。死なんでいい。」と、言ってくれた。

 担当の看護師も「ひろちゃん、もう自分を傷つけなくていいんよ。」と、いつも優しくリストカットの手当てをしてくれた。

 仲の良かった看護助手は「院長も、主任も、私も、ひろちゃんの味方よ。味方が3人もいるよ。」と励ましてくれた。暴言、暴力が止まらない私に、多くの看護師は恐れをなしていたけれど、この方はそんな私に誰よりも優しく温かく愛情いっぱいに接してくれた。淋しさで心が冷え切って凍りついて、泣き(わめ)くしかない私を、力いっぱい抱きしめてくれた。

 担当の看護師も、こんなことを言ってくれたことがあった。「ひろちゃんは、いつも一人で頑張らないといけないからしんどいね。でも入院している間は、甘えていいんよ。わがまま言っていいんよ。いつも泣きながら退院していくひろちゃんを見て〝どうしてそんなに頑張るんかな?もっとゆっくり休めばいいのに〟と思うんよ。ひろちゃん、こうして話している時や病院に電話してきてくれて話す時、どんなに苦しくて泣いていても、最後にひろちゃんは必ず〝ありがとうございました〟って言ってくれるじゃろ。俺、あれがすごいうれしいんじゃ。〝ひろちゃんかわいいな。幸せになってほしいな〟って思うんよ。」

 今、気付いた。こんなにも温かい人達が、私を本気で支えてくれていたことに。この人達だけでなく、沢山の病院の職員達が、傍若無人な振る舞いをする私に腹を立てながらも、「本当はいい人なんよね。」と、見守ってくれていたことに。だから私は、死ななかったんだ、生かせてもらってこれたんだ。

 人に優しくなど、二度と出来ないと思った。一生精神科に通い、人に笑われ馬鹿にされ、社会復帰も出来ず、日陰の人生を歩むんだと自分の未来を諦めていた。

 幼稚園の頃から、あんなになりたかった教員だったのに、病気になって人生を棒に振り、二度と教職には就きたくないと思っていた。

 だけど、主治医や支えてくれた看護師の皆さんの気持ちに応えたい。何としても、人生を立て直したい。今度は私が、苦しい人達を助けていけるようになりたい。そう思った時から、光が見えて目の前に道が開けてきたように思う。

 そんな時、昔の職場の上司から次のような話を聞いた。「以前、主治医の先生が、こうおっしゃっていました。〝彼女は本当は、自立出来る力を持っているが、親や周囲から、ああしろこうしろと押しつけられて生きてきて、本来の力を出せないでいる。彼女を本当に自立させるためには、周りがあれこれうるさく言わず、ありのままの彼女を認め、自由にさせてやらなければならない〟と。それを聞いて、私も反省しました。私もあなたに、色々押しつけていました。良かれと思ってしたことですが、本当にごめんなさい。許して下さい。」

 私は本当に驚いた。同時に、主治医の先生に、どれほど守ってもらっていたか、はっきり感じ取ることが出来た。

 今まで、どんなに暴言を吐いても、暴力を振るっても、許してくれた理由が分かった。

 私を自由にさせるため。この世とこの世の人達に生きづらさを覚え、そのストレスがあらゆる身体症状として現れていたが、その症状を止めるには、心を自由に自分を解放させなければならなかったのだ。

 それがどんなに非常識なことでも、他人の怒りや恨みを買うことでも、まずは私が私を取り戻すために。私の治療のために。私の幸せのために。いつもいつも、主治医が盾となり、守ってくれていたのだった。

 そのことに、気付かなかっただけだった。愛がなければ生きていけない。愛を感じなければ生きていけないと、ずっと孤独を感じていた。だが、いつの日も愛は身近にあった。こんなにも多くの優しく温かい医療関係者の愛に守られ、支えられ、私は幸せだった。

 先生、ありがとう。私を担当してくれた看護師の皆さん、ありがとう。身近な所で支えてくれた看護助手の皆さん、ありがとう。職員の皆さん、ありがとう。私は今日も、幸せです。そう信じられるまでに、心が快復しました。あなた方のおかげです。沢山の愛を、ありがとう。

第31回「心に残る医療」体験記コンクールには、全国から医療や介護にまつわる体験や思い出をつづった作文が寄せられました。入賞・入選した19作品を紹介します。

主催:日本医師会、読売新聞社
後援:厚生労働省
協賛:アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)

審査委員:落合恵子(作家)、竹下景子(俳優)、ねじめ正一(作家・詩人)、原徳壽(厚生労働省医政局長)、外池徹(アフラック社長)、石川広己(日本医師会常任理事)、南砂(読売新聞東京本社編集局次長兼医療情報部長)<敬称略>

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