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ケアノート

医療・健康・介護のコラム

[安藤優子さん]創作する姿が励みに

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母の認知症 受け入れる

「母が描いたアンスリウムの絵は、私の宝物です」(東京都内で)=中嶋基樹撮影

 キャスター安藤優子さんの母、みどりさん(87)は認知症を患い、5年前から施設に入所しています。安藤さんは、時間を見つけては施設を訪れ、母を元気づけています。

 一時は症状の進む母に戸惑い、衝突したことも。今では母の姿をありのままに受け入れられるようになったといいます。

つい感情的に

 母の異変に気づいたのは2000年頃。母は埼玉県内のマンションで父と2人暮らしでした。時折訪れると、傷んだ肉や野菜が冷蔵庫に入ったままだったり、買い込んだトイレットペーパーが山積みになっていたり――。

 社交的で友人も多かった母が、家にこもりがちになっていました。外出せず、あまり体を動かさなくなって体重が増え、また体を動かさなくなるという悪循環。自宅前で転んで起きあがれず消防の救助を頼んだこともありました。

 母は04年に要介護度3の認定を受けた。身の回りの世話をして支えていた父が07年にがんで他界すると、母の症状はますます悪くなった。

 台所の鍋を焦がすこともあり、1人にしておけない状況でした。性格は攻撃的になり、ホームヘルパーを頼んでも、気に入らないと言って辞めさせてしまう。

 東京から姉と私が交代で実家に泊まり、可能な限り世話をしました。母は私につじつまの合わないことを言いつける。肉親だけに、私もつい感情的になって言葉を荒らげてしまうことも。後は決まって自己嫌悪に陥る。そんな日々が1年続きました。

施設入所に葛藤

 実家での介護に限界を感じ、姉や兄と話し合いました。きょうだい3人とも仕事が多忙で家庭の事情もあり、自宅に引き取っての介護は無理。悩みましたが、施設にお願いすることにしました。3人の自宅から近い東京都内の介護付き有料老人ホームに決めました。

 ところが、母は頑として受け入れない。「何でこんな所に連れてきた」と怒って、施設の食事に手をつけません。

 母が嫌がっているのに、本当に施設でいいのだろうか。自問自答した末に、「引き取って一緒に住む」と姉や兄に言いました。仕事で家を空ける昼間はヘルパーに頼めば、なんとかなるかもしれない。漠然とそう思ったのです。

 私の家に来ていたお手伝いさんがそれを聞き、「絶対に無理」と言い切りました。彼女はかつて病院の看護師長を務めた経験もあり、介護の大変さを熟知していました。

 不規則でハードなキャスターの仕事から帰宅し、夜は介護のために眠れないかもしれない。無理がたたって倒れたら誰が介護をするのか。仕事の責任はどう果たすのか。「一時の感情に流されたら生活が崩壊する」。彼女からそう説得され、我に返りました。

 家族の手で介護しないことに罪悪感を覚えるのは、私だけではないと思います。育ててもらった恩もあるし、「家族が介護すべき」という考え方が世の中にはまだ根強い。でも限界はあると思います。

 母は施設に引き続き入所することになった。施設のスタッフの献身的な働きかけもあり、母は1週間後にはすっかり落ち着いた。

絵の個展開く

 母は2年前から週に1度、自室で絵を描いています。知人から紹介してもらった「臨床美術」という創作活動です。車いすに座り、専門家の指導を受けながら、アクリル絵の具やパステルなどを使って描いたり、写真を切り貼りしてコラージュを作ったり。

 母がよく旅行に訪れたハワイで見かけた花「アンスリウム」を描く時は、ハワイアンの曲をかけ、部屋に風を通し、ハワイ旅行の写真を見せます。思い出も絵に込めるのです。

 描き終えると、母は声を絞り出すように「よく、で・き・た!」と自賛します。

 思うように話せない、歩けない母。でも絵を完成させることで、自分のことを肯定できるのだと思います。

 安藤さんは11年、東京都内の画廊で、母の絵の個展を開いた。母の86歳の誕生日となる11月8日に始まったこの個展。母にも会場に来てもらい一緒に来場者を迎えた。

 絵を見た人の多くが、涙を流してくれました。その涙は、母が一生懸命生きてきたことへのごほうびにも思えました。今年11月の母の88歳の誕生日に合わせ、2回目の個展を企画しています。作品もずいぶん増えましたから。

 絵を描くようになって、母は穏やかになり、かつての明るさも取り戻しました。そんな母の姿に、こちらも励まされ、それがまた母にも伝わり、良い循環になっています。

 母は、今日が何月何日かもわかりません。でも、それが何だというのでしょう。一切しがらみのない、自分の世界を自由に生きる。「それって、このうえなく幸せなんじゃないか」。母の絵を見ていると、そんなふうに思えるんです。(聞き手・田中左千夫)

 あんどう・ゆうこ 1958年、千葉県生まれ。上智大在学中から、テレビの報道番組に携わる。テレビ朝日系「ニュースステーション」、フジテレビ系「スーパータイム」などで、リポーターやキャスターを務め、2000年から同「スーパーニュース」メーンキャスター。08年に上智大大学院グローバル社会学修士課程修了。

 ◎取材を終えて みどりさんが描いた絵を見せてもらった。鮮やかで、かつ柔らかな色づかい。みどりさん本来の性格が投影されているようだ。元気だったころのみどりさんの口癖は、「怒って過ごすのも1日、泣いて過ごすのも1日、笑って過ごすのも1日。あなたはどうするの」というものだったとか。純粋で全く作為のない絵の数々に、「笑って過ごしている」みどりさんの姿が浮かびあがってくるように思えた。

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