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昔の暮らし、今に生かそう…お年寄りから「聞き書き」

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 研究者や行政が、高齢者から、昔の生活スタイルを聞き、今の暮らしに役立てようという取り組みが進んでいる。「備蓄」「共有」「助け合い」といった考えを、コミュニティー再生などに生かす。高齢者自身の生きがいにもつながる。

「備蓄・共有・助け合い」の知恵

ビデオカメラも使って、89歳の女性からヒアリングする古川さん(右)。「地域ごとに築き上げてきた暮らしの知恵をできるだけ記録しておきたい」(広島県東広島市で)

 「昔は、炭などの燃料が足りなくなると、近所で貸し借りしていた」「掃除は、子どもも分担した。手が小さいからランプの内側を磨いていた」――。

 秋田市内で昨年秋、90歳前後の高齢者約20人から、市の職員が戦前の暮らしぶりを聞く調査を行った。環境に優しいまちづくりなどの参考にするのが目的だった。「何でも共有し協力しあえる生活は合理的な面もあり、楽しかったようです」と市の担当者。市は聞き取りの結果を踏まえ、2015年度に完成予定の市役所新庁舎内に、太陽光で発電する共用電池を設置する考えだ。市民が携帯電話などの充電をしながら交流もできる場にしたいという。

 90歳前後の高齢者から昔話を聞く試みは「90歳ヒアリング」と呼ばれる。東北大准教授(環境技術イノベーション)の古川柳蔵さん(40)の研究室が、3年前から本格的に始めたプロジェクトだ。

 「この世代は、エネルギーを大量に消費する高度成長期以前の暮らしを知っている。限られた資源で心豊かに暮らしていた状況は、過去の文献を読むだけでは不十分で、高齢者に直接聞く必要がある。それを、最先端の技術に生かせないかと考えました」

 知人や親戚のつてを頼りにヒアリングを続け、分析した結果、「自然を生かす」「保存する」「家で生産する」などの特徴が見えてきた。窓を開けたときの風や排水などによるわずかなエネルギーを蓄積して発電する技術研究などのヒントにしている。

 「90歳ヒアリング」は、自治体も注目し、秋田市のほか、兵庫県豊岡市も昨年、15人の高齢者から聞いた。動植物と共生していた暮らしを生かしたまちづくりができないか検討するという。鹿児島県阿久根市では、米寿の高齢者に昔話を聞く事業を計画中だ。

 古川さん自身も国内各地をまわり、今月中旬には広島県東広島市で4人の高齢者から昔の暮らしぶりを聞いた。

 「高齢者からの聞き書きは、本人の生活をより豊かにするきっかけにもなる」と指摘するのは、静岡県沼津市でデイサービスセンターを運営する六車(むぐるま)由実さん(42)だ。

 六車さんは、民俗学の研究者から、4年前に老人ホームの職員に転身。仕事で高齢者からの聞き書きを任され、その成果を昨年、「驚きの介護民俗学」(医学書院)にまとめた。施設では、本人の生活歴などの詳細を整理して記録することはほとんどない。

 「山村に電線を引いて回っていた男性、蚕の雄雌などの鑑別の仕事をしていた女性など、予想もしなかった人生を背負っている。それを驚きながら聞き、記録し、継承することは、本人が生きた証しにもなり、こんな話でも役立つのかと、自信の回復にもつながる」と六車さん。「環境問題や芸術など様々な分野の人たちが、聞き書きができる環境づくりが必要」と訴える。

本人にも生きがい与える

白十字在宅ボランティアの会が作成した聞き書きの冊子

 お年寄りからの聞き取りは、地域や家庭でもできる。近所の知人や家族から語り手を見つけ、本人の人生を聞く。著名人らからの聞き書きをしている作家の小田豊二さん(67)は、聞いた話を文章に残して記録することをすすめる。

 聞き書きには、「庶民の歴史を残す」「知恵を学ぶ」「本人に生きがいを持ってもらう」の三つの目的があるという。

 最近は、聞いた内容を手作りの冊子にまとめて本人や家族にプレゼントする「聞き書きボランティア」の活動も増えてきた。東京都新宿区のNPO法人「白十字在宅ボランティアの会」もその一つで、小田さんはボランティア養成の講師も務める。

 記者は、同会の紹介で都内に住む原幸子さん(83)宅におじゃまし、ぶっつけ本番の聞き書きに挑戦した。小田さんにも同行してもらった。

 まずは、生年月日や出身地などの経歴を聞いた。原さんは、東京・神田で生まれ、戦争中は長野県に疎開していたという。5分ほど話したところで、「聞き方が事務的すぎます」と小田さんから厳しい指摘が。「聞き書きは取材とは違って、相手が話したいことを聞かないとダメ」だという。「もっと近寄って、相手の気持ちになってみて」と言われ、掘りごたつで原さんに寄り添う位置に座り直した。

 その後、戦後に結婚した夫が映画会社の照明の仕事をしていたという話題を引き出すと、小田さんからお褒めの言葉が。原さんの夫は、歴史に残る日本映画の撮影にかかわり忙しい日々を送っていた。

 次第に話が盛り上がり、気づくと2時間近くが経過。「ラジオの料理番組」「紙の着せ替え人形」などの話題に夢中になってしまった。

 原さんも満足そうで、帰り際の「また聞きに来てね」との言葉がうれしかった。

 「お年寄りの話は、聞く側に役立つことが多い。一人亡くなると、図書館が一つ消えると言われるほどです」と小田さん。「地域で若い世代が話を聞きに行ったり、孫が祖父母に話を聞いたりして、聞き書きの輪を広げてほしい」と話す。(鳥越恭)

聞き書きのポイント
・メモだけでなく、できれば録音して、本人の口癖や語尾をそのまま記録する
・語り手の気持ちになって聞く。何を話したいか、「水脈」を探り当てることが大切
・話を映像的に思い浮かべながら聞くと、より鮮明に様子がわかる
・「そうだったんですか」「すごいですね」など、相手の話にはずみをつける
・「勉強不足でわからない。教えてください」と、相手から学ぶ姿勢を忘れない
・聞いた内容は「学校」や「お祭り」などテーマごとに整理して原稿にする
(小田さんの話より)
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