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[増岡弘さん]手作りみそで若々しい声

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自慢の3年ものを取り出す。「殺菌処理していないので、このみそは生きている。だからうまいんです」(東京都内の自宅で)=林陽一撮影

 みそが入ったバケツのふたを開けると、フワッといい香りが漂ってくる。「なかなかの出来栄え。色つやもいいし、おいしそうでしょう」。東京都内の自宅には、こんなバケツのみそだるが常時4、5個ある。テレビアニメ「サザエさん」の「マスオさん」は、みそ作りの名人なのだ。

 みそを手作りするようになったのは、マスオの声を担当し始めた35年前から。子どもの小児ぜんそくがきっかけで、家族の健康を守るためにできることを考えるようになった。最も大事なのは、毎日の食生活だと思い至ったという。

 生まれ育った埼玉県の農家では、野菜や米は自給自足、みそなどの食品も手作りしていた。農業に誇りを持つ父からは、「100の仕事ができるから、百姓っていうんだ」と聞かされた。「当時の自分は手作りとは無縁の生活。みそぐらいは作ろうと思って」

 子どもの頃、父親のみそ作りをよく手伝っていたので、手順は体が覚えていた。一晩水につけた大豆をゆで、つぶし、米(こうじ)や麦麹を混ぜる。これをバケツに入れて保存する。約10か月後、香り豊かなみそが出来上がった。「まさに自然の恵み。みそ汁にしたら、体にしみ込むようなおいしさでした」。それ以来、みそ作りは冬に欠かせぬ作業になった。

 「サザエさん」は、1969年に放映が始まった国民的長寿番組。78年からマスオ役を務める。

 マスオは妻の実家で暮らす身。多少、気を使いながらの生活だ。「『ただいまー』というセリフなら、少し元気よく発声する。あの家族の潤滑油でありたい。そんな気持ちで演じています」と話す。

 画面の中のサザエは24歳、マスオは28歳のまま。76歳になる自分とはもう50年近い開きがある。

 「若い頃は、自分は65歳ぐらいで引退するだろうと思っていたのに、不思議と声は年を取らない。80歳代の永井一郎さん(波平役)や麻生美代子さん(フネ役)も、同じ感覚だと思います。何の違和感もないまま、気づいたらここまで続いていた」

 声の仕事であるだけに、体調には気を使うが、マスオの声を担当してから、ほとんど風邪を引いたことがない。それも、手作りみそのおかげだと思っている。

 声優仲間らと一緒に大豆や麹を共同購入し、毎年冬にみその品評会をしている。一家言ある人が多いことから、会の名は「みそひともんちゃく」。実績に応じて、「見習い人」「修業人」「雲上人」などと位が上がっていく遊びを楽しむ。「ちなみに私は、位を超越した『開祖』です」と笑う。

 みその出来栄えは、豆のゆで加減や塩の量だけでなく、その年の気候や保管状況にも左右される。「100点主義ではつらくなってしまう。だから、成功の『幅』は広めにとっておき、失敗も楽しんじゃう。これが長続きのコツ」。ベテラン声優としての心構えにも通じるという。

 どこまでも自然体。マスオさんの声がいつまでも若々しい理由は、そんなところにあるのかもしれない。(赤池泰斗)

 ますおか・ひろし 声優、俳優。1936年、埼玉県生まれ。「サザエさん」のマスオ、「それいけ!アンパンマン」のジャムおじさんなど、アニメ作品を中心に活躍。主宰する劇団「東京ルネッサンス」では、舞台で複数の出演者が文学作品を読む「群読」などを通じ、若手の育成にも力を入れる。

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