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前宮城県知事 浅野史郎(あさのしろう)さん 64

 メディアなどでお馴染みの芸能人、有名人だって、一人の人間として病気や心身の不調と向き合っています。苦しかった経験や、病によって気付かされたことなど、率直な思いをお聞きします。

一病息災

[前宮城県知事 浅野史郎さん]成人T細胞白血病(3)長女から歌の励まし

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 病気との闘いを多くの仲間たちが支えてくれた。

 教壇に立っていた慶応大の学生や、宮城県知事選を応援してくれた勝手連の仲間たちは、骨髄バンクのドナー登録を呼びかけた。

 長女は自ら歌ったカセットテープを渡してくれた。録音されていたのは歌手の竹内まりやさんが作詞・作曲した「人生の扉」。「But I still believe it’s worth living(それでも、私は人生に意味があると信じる)」のフレーズが、病気と闘う気持ちにぴったりだった。

 幸い、骨髄移植前に受ける抗がん剤治療との相性はよく、副作用は「軽い二日酔い程度」で済んだ。

 失敗もあった。体力を付けようと、屈伸運動を毎日50回続けていたら、右ひざを剥離骨折してしまった。 2009年10月、骨髄移植を受けるため国立がん研究センター中央病院に転院。「致死的な合併症が10~30%出る」と告げられた通り、移植の1週間後、合併症による激しい痛みが胃や肺を襲った。顔がむくみ、「お地蔵さん」みたいになった。治療で最大の危機を迎え、日記がこの1週間だけ空白になった。

 手術後に一度だけ弱音を吐いた。薬の影響で膀胱(ぼうこう)炎を発症して、導尿管挿入などで「人生最大の痛み」に耐えられなかったからだ。

 だがヤマ場を乗り越えて、妻の光子さんは冷静だった。「大丈夫。治るから」。

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