海原純子のハート通信
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被災地の経験に学ぶ 心のクリーニング法
先日行われた第28回日本ストレス学会学術総会の続報です。この学会の組織委員で国立精神・神経医療研究センター認知療法センター所長の大野裕先生のご厚意で学会のシンポジウムで先生が使われた資料をお借りできたので、その一部を紹介します。
本学会のテーマ「ストレス科学は地域をどう支援できるか?」の一つで、認知行動療法をいかに被災地で活用していき、効果をあげているかについての先生の報告発表です。
このスライドのように宮城県女川町は震災で大きな被害を受け、多くの住民が死亡・行方不明になったり、家屋の75%が全半壊したりといった状況に陥りました。病院も同様に被害を受けたのは皆さんもよくご存じだと思います。
こうした中、大野先生のグループは心のケアを目的に現地に入られましたが、被災してわかったことは、
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「こころのケア」をいきなり始めても無理で町民は受け入れない。 |
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「つらいからアルコールを飲んで何が悪いんだ」ということで、アルコールでつらさを紛らわす傾向がある人もいる。 |
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業務に追われ疲れ切っている役場職員らは、「自分は大丈夫だ」と思いこみ、ストレスやメンタルケアの話なんて聞く暇がない。 |
ということでした。
そこで大野先生のグループはまず、震災直後には、こころのケアに関してリスクの高い人たちのケアを丁寧に行いました。続いて住民全体が地域ぐるみで、良いネットワークを作り、サポートしあえるよう、ボランティアグループや、医療関係者、サポートに従事する人たちに、認知行動療法的な物事のとらえ方や、「聞く能力」の向上を目指す講習会(「こころとからだのケアスタッフ研修」)を行い、地域全体の活性化を進めて効果をあげています。
先週、このブログで紹介した認知行動療法的な物事を客観的にとらえる方法は、特に困難なことやストレスフルな状況の中で大きな力となり、心の抵抗力、自己治癒力を高めるといえます。
ここで私の提案です。震災だけでなく普段から私たちも、
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物事をゆがんでとらえていないかしら? |
○ |
悪い方へ、先へ先へと勝手に考えていないかしら? |
○ |
一つダメだと全部ダメだと思っていないか? |
○ |
想像と推測で物事を決めつけていないか? |
○ |
「自分はダメ」とレッテルを張っていないか? |
など、自分の心と感情をチェックし、客観的に心を観察する習慣をつけてみてはいかがでしょうか。
ネガティブな感情や怒りがこみ上げて来た時には、まず立ち止まる。そして心を観察。それ以外の物の見方、とらえ方がないか思考回路を修正
普段から心がけたい心のクリーニングです。貴重なスライドを快く貸してくださった大野先生に心から感謝いたします。
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こころのケアに認知のゆがみや自動思考に気づくのは大切と個人的経験から思うのですが、けっこうしんどいです。
自分の思考がどうやらおかしい、「そこ」に気づくまでが、こころに傷を負った人には大変だから、方法ありきの思考が先走らないよう、本人がやる気になるまで、専門家や家族など周囲の人は、この方法は知らせない方がよいと思います。
皆さんにはお願いしたいです。ネット上でのやりとりですが、心を病んでるひとの中には、「待ってくれ」という思いがあります。できない自分を責めています。そういう人に認知行動療法を勧めても、追い詰めてしまうことを知っていてほしい。
「待つ」。見守るほうはハラハラするけど、日にち薬のように、自分を見つめる気になるまで、こころが修復するのを待つ。そしたら、入っていけると思います。(人によっては逃げると思いますが、それはそれで、こころを守っている)
愛する人との別れやペットロスにも共通すると思います。こころのケアは、早く元気にすることが目的ではないと思うので。独学で拙いながら、今のところ行き着いた思いです。
と、すでにずれた視点で書いております(笑)
心のクリーニング、なるほどと思いました。ただ、己の感情も大事にしてあげていい、と思います。どうして、いつもこんな思考をしてしまうんだろう、怒りがおさまらない、仕方がない、人間だもの。泣きたい時は泣いていい。
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Pray for Japan
寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受
ネガティブを極めに行くのは悪いことではないです。 そこから得た危険予測をしらみつぶしにやれば、凄い骨太な状態ですから。 それをどこまで表に出すか...
ネガティブを極めに行くのは悪いことではないです。
そこから得た危険予測をしらみつぶしにやれば、凄い骨太な状態ですから。
それをどこまで表に出すかは別として・・・。
っと言うのも、僕自体かなりネガティブな状態にあるからです。
カウンセリングされるまでもなく、とてもネガティブな心理を内包しています(自分の状態が分かっていればいい)。
じゃあ、それは直ちに改善しなくてはいけない・・・わけでもなく、もし自分自身が踏みとどまれるなら、いいのかなと思ってもいます
。
不安にも苛まれますが、「そこで死ぬなら僕もそれまでだな」と半分諦めています。
逆に、「まだ生きてるってことはラッキーなんちゃうかな?」とも思います。
分かりにくいかもしれませんが、いつも希望に満ちている必要もなく、いつも絶望にいる必要もなく、期待と不安が入り混じってこその人間かな・・・と。
自分に「ウソの思い込み」を言い聞かせて、頑張る瞬間があっても良いとは思います。
その嘘に打ちひしがれて、逆に絶望感にさいなまれる瞬間もあると思います。
しんどくてお酒におぼれたり、自分の現状から目をそらしていても良いと思います。
震災の傷ってそんなに浅くないでしょ??
「いつまでもそんな状態でいいのか?」
そう思えるようになった時が、自分で立ち直れる時であり、それまでの他人の手助けはサブエンジンであって、メインエンジンは本人の気付きと回復だと思います。
多くの人は「三歩進んで二歩下がる」で良いと思います。
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ちょっとした生活習慣
手を胸にすれば行動は止まる
チェックリストにできそうですね。 > ○ 物事をゆがんでとらえていないかしら? ○ 悪い方へ、先へ先へと勝手に考えていないかしら? ○ 一つダメ...
チェックリストにできそうですね。
>
○ 物事をゆがんでとらえていないかしら?
○ 悪い方へ、先へ先へと勝手に考えていないかしら?
○ 一つダメだと全部ダメだと思っていないか?
○ 想像と推測で物事を決めつけていないか?
○ 「自分はダメ」とレッテルを張っていないか?
分析を始めたり批判等を考え始めたりいろいろです。特に不満とかの記憶が暴走すると考えにおぼれてしまうとは思います。
でも一方でその行動をやり続けているには生存していなくては出来ないので無理にやめろとはいいずらい。
せめて自分でチェックする習慣が大事なんでしょうね。生活の中にちょっと手を胸にあてて考える時間というものを3分でいいから入れる生活と言ったイメージなんでしょうね。
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