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映画監督・岩淵弘樹さんインタビュー(3)気持ちのつながり 映画に

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映画について語る岩淵弘樹監督

 ――震災直後も、クリスマスを祝うことにはどういう意味があったのでしょう。

 「クリスマスって商業主義的だとか、キリスト教徒でもないのにとかいわれがちで、僕もベタベタの家族愛の演出をかっこわるいと思う気持ちも片方である。でも、子どもたちの喜ぶ顔を見たいからサンタをやったり、ケーキを買ってきたりする大人達のそんな気持ちは本物。そんな気持ちのつながりが、震災で傷を受けたこの街を守っている気がしました」

 「ただ、テレビで子どもを震災で亡くした親の寄り合いのドキュメンタリーを見たのですが、『絆、絆ってみんな言うけど、私たちは絆を断ち切られたんだ。もう戻ってこないんだ』という発言は本当にショックでした。復興とか絆というものはたぶん返ってこない人には返ってこないのかもしれない。だけど、それでも生活していかなければならないということもあって・・・」

 ――映画では家族だけのつながりだけでなく、教会のミサで集っている人も、3月の震災直後に、電気もつかない中で、誰かを元気づけたいと願ってインターネットで歌を歌って流したミュージシャンも出てきます。

 「映画を作っている僕ら自身も、仙台や仙台の人たちにつながりたかったんです。クリスマスの映画を撮るという行為で、仙台とつながりたかったし、仙台に帰りたかった。僕は震災後、ボランティアもろくに出来なかったし、地元の友達と震災についてうまく話せなかった。何を話していいのかわからなかったんです。だから、映画を見てもらって仙台の人と何か話ができたらいいな、そういう形でつながりたいと思ったんですね」

 ――岩淵監督は、仙台の変わらない日常に嫌気がさして東京に出てきたわけですが、この映画では、変わらない日常を守ろうとしているそんな姿に魅力を感じていますね。否定していたこの街の特徴を監督が見直す形になっているのが面白いなと思ったのですが。

 「仙台にいる友人たちは、大学を卒業して、就職して、結婚して、子どもができて、家庭ができてという真っ当な社会生活を送っている。それが僕にはできなかったし、みんな生き方が違うからという気持ちはもちろんあるんです。友人たちは、安い給料で子どもとかみさん食わして、お前らに金残らないじゃんって言っても、あまりへこたれない。『でも子どもかわいいし』と言ったりして、家族といることが幸せなんだろうと思う。それを不思議に思いながら、そういう彼らが仙台を守っているだとも思います」

震災直後に歌をインターネットで配信したミュージシャン渋谷浩次さん©ballooner

 ――最後に夢のように輝く光のページェントを見下ろしながら、「嘘の町」という歌が流れます。刺激を求めてこの街を出て行かれた岩淵監督としては、少し違和感を持つようなクリスマスの演出的な家族愛などを肯定的にとらえる視線を感じたのですが、「嘘の町」にどんな意味を込めたのですか?

 「元々『嘘の町』という歌があって、最初は映画のタイトルも『嘘の町』にしようと思っていたんです。そのタイトルにしようと思っていた時は、教会で祈る人だったり、クリスマスケーキを家族のために買って帰る友人だったり、サンタのプレゼントをもらって喜ぶ子どもだったり、すべてのことが、うがった見方をすれば、いくらでも冷やかせるものだと思っていたんです。そういう物事の総体として、街全体が嘘っぽいという見方もあるぞと思って、『嘘の町』というタイトルにしていたんですけれど、実際に編集して完成したものを見た時、なんかちょっと冷ややかなというか、よこしまなというか、そんな目では見たくないと思ったんです。だから、こういうタイトルに変わりました」

  ――どちらかというとそういうものに距離を置いていた岩淵監督がどうしてそんな心境になったのでしょう?

 「僕はそこが面倒くさいたちで、クリスマスはとても好きなんです。そういう面もあるのですが、ベタベタな家族愛に対するかっこわるいという思いもある。混ざっているんですよ。仙台に対する思いと一緒です。小さな家族を作る幸せもわかるけど、東京という大きい街に出てきて、夢みたいなものを追いかけるというロマンもちょっとだけあって。その二つの選択肢に葛藤しながら、30歳になるところです(笑)」

 ――冷めた目、皮肉な目ではなくて、とても美しく「嘘の町」を撮っている。

 「ページェントはすごくきれいに撮りたかったんです。実際にきれいかどうかは別として、きれいに見せたかった。変わりはてた被災地や、震災後の映像がテレビの中でたくさん流れているのならば、震災後の変わらない、仙台のきれいな映像もそれと同じぐらい見せたいという思いがあったんですね」

 「それまで撮ってきたクリスマスの象徴のように、かつ街から離れていく感じで最後のページェントは撮りたかった。『嘘の町』を作ったyumboの渋谷浩次さんに試写を見てもらった時は、『死者の視点みたいだ』と言われました。死もすべて包み込むような形で終われたらと思ったのですが、さすがに俺にそれは無理だわと思って。だから、ただ、きれいにページェントを俯瞰で見て、街から遠ざかっていくという感じで終わりたかったんです」

©ballooner

 ――光のページェントって何の象徴なんでしょうね。改めて。

 「仙台の人って、ページェントを見て年を越えるんです。12月31日までやっているので、ページェントを見て大みそかを迎えて年を越すのですが、また新しい年に向かっていくその象徴だと思います。ページェントとは直接関係ないのですが、震災直後に被災した人を元気づけるためにyumboの演奏をインターネットで流した仙台市のカフェが、震災翌年の2012年3月11日は閉店時間を決めずに営業したんですって。お客さんは夜遅くまで途絶えなかったそうなのですが、なぜか帰る時に決まって、『良いお年を』と言ったそうなんです。年末でもないし、申し合わせたわけでもないのに。そのエピソードを伺って、光のページェントの光にも『良いお年を』という願いが込められていた気がします」

 ――クリスマスの時期に重ねての公開ですが、どんな人たちに見てもらいたいですか。

 「まず仙台の人たちです。東京で編集したのですが、仙台の人に届けたいと思って、250キロぐらい飛距離のある映画にしたいと思っていました。もちろんそれだけでなく、みんな見てもらいたいです。サンタクロースのネタばれが入っているので、最初は「R―10」(10歳未満の鑑賞禁止)にしようかという話もあったんですけれどもね(笑)」(終わり)

岩淵弘樹(いわぶち・ひろき)
 1983年仙台市生まれ。埼玉県の工場で派遣社員として働いた自身の生活を記録した1作目のドキュメンタリー映画「遭難フリーター」は複数の国際映画祭で招待作品になった。現在は東京都内の老人ホームで正社員の介護職員として働く。本作「サンタクロースをつかまえて」は12月28日まで東京・渋谷の「ユーロスペース」で、12月22日~28日まで仙台市の仙台フォーラムで公開される。
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