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6件 のコメント

実態があるもののゆがみ

克明な記録と共に生きる

悩みって誰にもありますよね。

ほとんどの人は「悩める健康人」だそうです。

そういう方は専門家にちょっと行けばいいとは思います。



問題は悩める不健康な状態の方でしょう。

これは、睡眠も就寝時間もばらばらとか。

酒や薬の力で眠る習慣の方。

薬を定量で服薬しても、定量依存があります。

酒はどうしても睡眠の質をさげてしまします。

こうした事が歪みと言われている部分でしょう。



思い切って薬からの離脱を医師と話あうとか、

酒はもう断酒ですね。

あるいは休肝日を必ずもうけるとか。



歪みって修正できるんです。

良質の睡眠をとるという事が修正自体ですから。それだけだと思います。

思想や考え方を変える必要はないと思います。

これは歪みではないと思います。



実態のあるものしか修正できないです。

思考なんてころころ変わるもので実態ではないから矯正は無理でしょう。



こころの根源になるもの。睡眠。

それのゆがみに気がつくがどうかで、

だいぶ違います。



入院なんかすると、まずは断酒して就寝時間を守るでしょう。

そんな事だと思います。

健康的に悩む。悩める健康人になる。

そのほうがいいと思います。

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トラウマとの付きあい 彼氏彼女の事情

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

津田雅美氏の「彼氏彼女の事情」と言う漫画が昔ありまして、主人公が二人いて、主な登場人物の視点や感情も描かれるなかなか珍しい漫画です。

六甲学院時代の同級生に勧められたのですが、少女マンガと言うにはドロドロした部分もあって、好き嫌いが分かれる漫画です。

エヴァンゲリオンの庵野監督がアニメ化してるあたりも・・・。

(僕みたいなドロドロ系医療関係者は「気持ち悪くて読めない」ってイージーな人間が精神科には行くなよって思ってますが、現実にはそうでもありません)



主要キャラのうち、ほとんどが大きな事情や悩みを抱えており、普通の人はほとんどいません。

けれど、冷静に考えて、現実の我々もそうかもしれません。

家庭環境、経済環境、社会情勢の中で、歪んでいない人間は少数です。

歪んでないつもりでも、「無くて七癖」。

ちょっとした心理的傾向や生活の偏りは存在します。

(各地域、各国の文化などはその積み重ねですね)



また、歪んでない人間も歪んでいる人間のそばにいれば共鳴して歪んできます。

逆に歪んでいる人間が矯正される部分もあるかもしれません。



僕は歪んでいることを矯正することよりも、歪んでいる部分を認知することが大事だと思います。

なぜなら過去のトラウマとかが原因であれば、治せない歪みはあると思います。

震災被害者に、「そのうつ・ネガティブ連鎖は不健康」等と言っても追いつめるだけです。



「そういう部分とは別の思考や歴史を少しずつ積み重ねていきましょう」・・・と言う方が多くの人に受け入れられるのではないかと思います。

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事実の受け止め方はそれぞれで異なる。

のの

「心は歪んでいて当たり前」と私も思います。

現実がそれぞれの心にどう受け止められるか、それは人それぞれだと思います。

だからこそ、過去の自分の現実を書きとめ、自分の現実を客観的に認識することによって、

自分の心の中の現実は、自分で変えられるんだという思いを持つことが大事なのかと思います。

「心は歪んでいて当たり前」という認識を持つことがまずは必要なのかと思います。

でも、実際は、特に強いストレスを受けているときに、それに気が付くのは難しいですね。

毎日、自分を見直す時間を持つ習慣をつけるのがいいのかもしれません。

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気が楽に・・・。

mt-b

今朝の「読売新聞 朝刊」の「人生相談」を読みました。



文章が、論理的で且つ、読みやすく、すっと頭に入っていく感じでした。

文中の「気持ちを切り替えて」、という言葉が、モヤモヤしていたものを取り除いてくれた感があります。

今、出来ることをやって、一歩一歩進めば良いのだな、と・・・。



今回の「ハート通信」と併せて、これからの行動に大きく影響しそうです。

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誰でもとはいかないけど、応用すれば出来る

克明な記録と共に生きる

>マイナスに物事をとらえ始めると~

>これをストップさせ、柔軟なとらえ方に

>変えていくことがうつ予防に重要と

>いえるでしょう。



孤独というか、一人でやっていると、どうしても癖みたいなものが出来てしまいますよね。

そうなると気分の落ち込みを使ってストップしないと考えつづけてしまいます。



蚊にさされても気がつかないとか、飲酒量の制御ができないとか、あげくに事故や自損ということも考えられます。



でも過去に起こった事を鮮明に記録して、その時の気持ちも記録しておいて、読み返すという事に時間を使えば、気分的には落ち込む暇がないとは思います。

記録という事を書くのがおっくうとなると、これは受診をして気落ちの相談をしたほうがいいでしょうね。



スポーツをやって、あるクラス以上になると練習日記や試合での事を鮮明に思い出して書いてそのときのコンディションや反省点などを記録しておけばスランプの時に役にたつ事もあります。それをコーチなどに読んでもらっておけば尚いいという場合もありますね。



今の自分と過去の自分の差をどう理解して未来の自分に育てるかという事ができそうな認知行動療法。まずは行動ができるレベルまでは医療に頼って、あとは自分が自分を育てるのが自分にあった自己医療の世界かと思います。



一面では消費エネルギーを最小にできるのが、うつ症状のいいところですけど。

これは経験するとわかるけど、結構きついです。気分が晴れずに不定愁訴などがあったら受診で乗り切ると意外と楽な時もあります。

内科でも精神科でもまずは相談でしょう。

その際に記録したものを医師に渡す方法もいいですよね。



ネットに書き込んだブログ等ではなく、手の筋肉を使って書いた自筆だと機能的なものまで医師は判断してくれるでしょう。

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心は歪んでいて当たり前

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

自殺遂行患者の少なくない割合が「視野や思考の一時的な狭窄」であるようですが、なかなか難しい問題です。

理由は簡単で、そういう状況に陥るだけの理由があるからです。

今日の「私」という存在は過去からの連続性の結果として存在します。

おのずとそれまでの歴史の積み重ねが関与しています。

極論、地球や人類が存在し始めてから・・・っていうのは言いすぎとしても数代前から人格形成のキーファクターが存在し始めていると思います。

それは、本人の意志ではどうにもできないことです。



ところで、海原先生の今回の文章で特徴的なのが「正しい」、「間違っている」という表現が存在しないことですね。

こういう善悪の価値観やその大小の評価というものは、基準によって変わります。

「認知のゆがみ」というキーワードに関しても、「自殺やうつに向かわず快適に暮らすため」というのが隠された前提条件になってきます。



「全ての運命は意識するにせよ、しないにせよ、自分で選んだもの」という考え方があります。

たとえば、学校(仕事)に行かなくてもいいし、勉強しなくてもかまいません。

その代り、学校に行っている人間が得られる学習環境や社会的信用、ネットワークといった機会を失います。

また、集団社会において、一般社会から外れているということに対してネガティブな力も大きく働きます。

この傾向は、日本のような社会においては強いです。

けれども、それがわかっていたうえで、自ら選ぶならそれでいいし、過去にそれができなくてもある程度であればやり直しはききます。



いつも「正しい」状況でやっていくことは困難です。

つまり、人間とは放っておけば歪んでくるもの(自然のものはたいていそんなものです)。

だからこそ、時に自分の感情を言葉にして省みるのも大事なのかもしれないですね。

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