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松本サリン事件被害者・河野義行さん(3)人間にはある「何もない強さ」

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 ――今年6月に「今を生きるしあわせ」という本を出版しました。著書にはどのような思いを込めましたか。

 「たいそうな理由はありません。釣り仲間に、東京の出版社の社長さんがいて、『河野さんは大変な目にあった割には明るく生きている。今の世の中には結構つらい思いをして悩んでいる人もいるから、自分の生き方を本にしたら世の中の役に立つんじゃないのですか』と言われたのがきっかけです。私はつまらないことにはあまりこだわらない性格で、楽に生きていると言われればそうかもしれません。人生の中で出会った人と楽しくやれればいい。私がつらい思いをしたからといって、いつまでも悲しいとか(犯人が)憎いとか言っていたら、1回は私に同情してくれて人が集まってくれるかもしれませんが、楽しくなければいつか人は離れていってしまうと思います。『昔、そんなことあったけれど、もうそんなもんいいじゃない。さぁ、今日はどう楽しくいこうか』とやっていれば、仲間が増えていくだろうし、困った時にアイデアも出してくれます。笑いながらアイデアを出してもらい、それでダメなら『ダメだったね』と笑いながら終わればいい。人間は物理的には一人では生きていけないと思います」

 ――松本サリン事件や地下鉄サリン事件の被害者の中には、河野さんのように前向きな気持ちになれない方もいるのではないですか。

 「事件後にNPO法人『リカバリー・サポート・センター』という組織をたちあげ、事件の被害者や家族の方々の心身のケアに携わっています。地下鉄サリン事件の被害者の中には、自分が被害にあった場所に行けない方もいました。リカバリー・サポート・センターでは、被害者や付き添いの人が集まり、現場にウオーキングに行くという企画をしたのです。すると、参加者が次からは一人でそこに行ったり地下鉄に乗れるようになったりしました。被害にあった現場ということにとらわれ、怖くて行けなかった場所が日常生活で利用できるふつうの場所に変わりました。人のこころは変えられるものです。何がなんでも怖い、つらいといっても、そう言っている間に自分の命もどんどん縮まっていきます。事件にあったからと言っても今、ここに生きているのです。だからこそ、気持ちを切り替え、あとどれだけ生きられるかわからない人生の中で楽しいことを考え、1日1日を大切に生きることが必要だと思います。例えば、医学的に余命あと1週間と分かった時、やらなければいけないことはたくさんあります。日々を大切に過ごし、1日1日無事に終わってよかったと思えれば、突然、死期がきても少なくともうろたえることはないのではないでしょうか」

 ――東日本大震災では、様々なものを失った人がたくさんいます。この苦境をどのように乗り越えていけばいいと思いますか。

 「今回の大震災では、たくさんの方が家族など大切なものを失いました。すべてを失い、つらい思いをされた被災者が大勢いらっしゃると思います。ただ、人間には『何もない強さ』というのもあると思います。『もうダメだ』とばかり考えないで、自分が今、必要としているものは何なのか。仕事なのか安らぎなのか、人によって様々だと思いますが、それはどこで手に入れることができるのか、考えてみてはいかがでしょうか。私の場合、妻の財産は相続放棄し、結婚してから34年間住み続けた松本も離れました。意識不明のまま過ごした妻の14年間、事件が起こったことで経験した悔しさや悲しさ――。これらをどうしてくれるのかと、怒りをあらわにすることもできますが、歳月は流れるばかりで何一つ戻ってきません。今は何にも縛られることなく、自由に生きています。次はどこに住もうかと考えた時、米国にでもタイにでも、どこにだって行くこともできるのです。私は大きな事件を経験しても生きている、そして還暦も迎え、今は余分に生きられていると思っています。自分は、いつ、お迎えが来ても、『まぁまぁおもしろかったわい』とこの世を去ることができると思っています」(終わり)

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