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宋美玄のママライフ実況中継

医療・健康・介護のコラム

「豊かな出産」を掘り下げる

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わたしのiPadを奪って仕事の邪魔をする、愛情に貪欲な娘です!

 台風がいくつか去ってから急に寒くなってきました。娘は鼻風邪を引いたりしていますが、夜寝る時に布団を蹴飛ばしているので温度調整が難しいです。「着せる布団」のようなものを買った方がいいのでしょうか。

 不活化ポリオワクチンを3回目とインフルエンザワクチンの1回目を同時に接種してもらいました。



 前々回の豊かな出産体験に関する記事に、鎌田次郎さんという方からコメントをいただきました。「豊かな出産体験尺度」の質問項目の中にはスピリチュアルがかったものもあり、出産の「豊かさ」を測るというよりは、出産に対する特定の価値観を押し付けられているように感じるという私の記事に対し、「豊かな出産体験尺度は、助産所で自然分娩体験をした産婦さんから集めた生の感想から出発しています。『特定』個人の『考え方を押しつけた』ものではありません」と書かれました。せっかくの機会ですのでさらに掘り下げてみたいと思います。 (ヨミドクターでは私の出産に関する考え方を何度も書いていますが、鎌田さんは「ちなみに宋先生は産婦人科医として『お母さんにやさしい出産』Mother‐Friendly Childbirth Initiativeの努力をなさっていますか?」と書かれているので、このヨミドクターの他の記事はお読みになっていないと推測されます。過去の記事も読んでいただきたいと思います)。

助産所は1パーセント

 「助産所で自然分娩体験をした産婦さんから集めた生の感想」をもとに作られたということですが、現在日本において助産所で出産する妊婦は全体の1パーセントもいません。平たくいえば、年間にお産する100万人あまりの妊婦さんのうち、1万人くらいなわけです。その圧倒的少数派の1万人の感想をもって「出産の豊かさ」を測るということそのものに、「助産所の『自然出産』はそれ以外の出産より豊かだ」という価値観が透けて見えると思うのです。

 助産所にもよると思いますが、「助産所で行われる『自然出産』」とは、施設がアットホームで、薬剤を使用せず、好きな姿勢で産めるといったものでしょうか。

薬剤使わず、好きな姿勢で…

 薬剤に関しては、病院や診療所でも妊婦に必要性とメリットがなければ使いません。助産所で産めたということは、結果的にその必要がなかったということで(必要があれば病院に搬送になりますので)、助産所を選べば使わなくても産めるということではありません。

 特に陣痛促進剤に関しては誤解している人もいるようですが、微弱陣痛に対して陣痛促進剤を使うことで帝王切開を回避できる例は非常に多いのです。もしも、「陣痛促進剤は医師の都合のいい日に産ませるための薬」というネガティブキャンペーンを信じている人がいれば誤解だと知ってほしいです。それを使わずして産まれてくれるのが一番であることは、どの産院でも同じなのです。

 私は今まで勤めてきた施設で、分娩台での仰向け出産だけでなく、四つん這いや横向き出産、畳の上での出産にも多数立会いましたし、水中出産も経験し、それぞれの特長を知っています(自身の出産は分娩台で仰向けの一般的なもので、非常に満足度の高いものでした)。

 個人的には助産師たちが仰向け以外の体勢での出産介助スキルを磨いていると、産婦にとってプラスになる場面が多いと感じます。どの産院でも仰向け出産以外の選択肢があるといいと思っています。

 以前にも書きましたが、妊婦目線でどんな出産になるかは助産師によるところが大きく、優秀な助産師が充足することの重要性を感じていますし、バックに安全度の高い医療体制のついた院内助産院というシステムに私は賛成しています。

「自然出産」とは何か

 「自然出産」という単語は一般に使われますが、何をもって「自然」と呼ぶかについては一人一人の持つイメージによるというのが実情ではないでしょうか。助産所の出産を選ぶ人や、他の産院での出産より優れていると思っている人の中には、分娩台が不自然だと思っている人がいると思いますが、ではどこでどんな姿勢で産むのが「自然」なのでしょうか。

 杉立義一先生の「お産の歴史ー縄文時代から現代まで」(集英社新書)を読めば、出産スタイルの標準は歴史において多様に変化してきており、「畳の上のフリースタイル出産」が日本古来の伝統出産などではないことが分かります。分娩台が発明される以前でも出産スタイルは一定ではなかったのです。

 それこそ、類人猿まで遡れば「自然」と呼べるのでしょうか。私には「自然」を定義はすることは無意味に思えます。ですから、助産所の出産こそが「自然」だとか、「豊かな出産」のスタンダードであるとすることには違和感を感じます。

 産科医は出産というものを医学や科学の視点で見ることが多いですが、文化的な側面も大きいと思います。出産において最も大切なものは母子の安全であることは繰り返し述べていますが、安全性が妥当な範囲内に守られるなら、出産の文化的多様性は認められるべきだと思っています。私は助産所の出産を否定するつもりはありません(※安全性の議論については「リスクに納得すればどこで産んでもいいか」をお読みください)。

大多数がなしうる出産を

 しかし、「助産所の出産は病院出産より豊かだ」という考えはおかしいと思います。きっとコメントを下さった鎌田次郎さんや「豊かな出産体験尺度」を作られた方々は、日本で出産する妊婦さんたちがもっと素晴らしい体験をしてほしいというお気持ちなのでしょう。

 ただ、現在の日本では助産所での出産を希望し、それを完遂する人はごく少数派であり、もっと大多数の妊婦さんの方を向いた評価法や方策を考えて欲しいと思います。

 どんな出産であれ、自分が良いと思う出産を推奨するなら、どうすれば各地に住む年間100万人の妊婦がそれを実現できるか、そのシステムも同時に提案してほしいと思います。「このお産は素晴らしい。でもごく少数の人しかできないけどね」では単なる自己満足な自慢話になってしまうと思います。

 助産所の出産を望み、それを完遂する人の満足度は高いという話もあり、その人たちにとっては良いことだと思いますが、大多数の人は希望しませんし、希望しても完遂できず搬送された施設でも出産をする人もいます。現在の日本において、助産所での出産を希望する人は、妊婦の最大公約数とは異なるキャラクターだと思います。良し悪しの問題ではなく、特殊であると思います。

 私は引き続き、一人でも多くの妊婦さんがすぐにできることを考えて行きたいと思っています。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)。

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13件 のコメント

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豊か・・・

チチカカ

「豊か」という言葉は、多分個人的な主観からしか出ないように思います。 ただ、わたしも過去、危うくはまりそうになったプライベート出産。 お洒落育児...

「豊か」という言葉は、多分個人的な主観からしか出ないように思います。

ただ、わたしも過去、危うくはまりそうになったプライベート出産。

お洒落育児雑誌でのお洒落人の出産体験などに洗脳されかかっていたなぁ、と今は思います。



実際は、子宮系の手術もしたこともあり、総合病院での出産でした。助産師さんにも産科医さんにも励まされ、精神的にもほんとうに支えてもらっての出産でした。出血量も多かったり、縫ったり、本当にお世話になったなぁと思い出されます。

「豊か」かどうかはよくわかりませんが、あかんぼうも無事に生まれて、わたしも無事で、夫もあかんぼうを腕に抱けて、本当に良かった。幸せなことだなぁと思い出されます。



 出産を「豊かに」「自分らしく」「お洒落に」「素敵に」と「特別なMYイベント(けっしてあかちゃん本位ではなく)」にしたい人が、「平凡でない出産」を望んで、お姫様出産とかナチュラル出産へ向かうのかな・・・と、今は思います。そういう志向が雑誌などの偏った情報を鵜呑みにしたいからしちゃうのかな・・・とか。

でも、雑誌とか本当に上手にお洒落に描くなぁと思います。出産商売っていうんでしょうか。ぼーっと読んでたら、いつの間にか「出産」=「特別なMYイベント」DAKARA「特別なところで産みましょう」 なんていう気分になるのです。特に妊娠中ってなんだか視野が狭くなって頭に血が上りやすいような気がします。



 わたしの場合は、夫が現実的な人なので洗脳されずに済んだのですが、

宋医師のようにどうなの?って思うことを発信してもらえると自分で考えるきっかけになるのではないかなと思いました。

これからも赤裸々実直コラム楽しみにしています。

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特別こだわりは無くとも

kame

いつか、自宅出産された方の模様を、テレビで見たことがあります。陣痛が始まるとすぐ、2人の助産師さんが駆け付け、足湯だの指圧だのと、つきっきりで世...

いつか、自宅出産された方の模様を、テレビで見たことがあります。陣痛が始まるとすぐ、2人の助産師さんが駆け付け、足湯だの指圧だのと、つきっきりで世話を焼きながら、妊婦さんの様子に神経をとがらせる緊張感も伝わりました。



病院であれば、程度の差はあれ、陣痛が始まっても「あんまり早く入院しに来ないでね」、入院後は「何かあったら呼んでね」で、モニターに見張ってもらいながら陣痛に耐えるのが、一般的なスタイルだと思われます。私も、LDRで隣室から漏れ聞こえる助産師さん達の談笑を聞きながら、少々不安と孤独を感じたものでした。



私には、薬を嫌って自然を好む考えや、分娩スタイルに異様にこだわる人達の気持ちは、分かりません。つきっきりの助産師さんよりも分娩監視装置、医療設備がすぐそこにある安心感を選びます。

が、その「器械でない人の手厚さ」や、陣痛から産まれるまで(いや、妊娠中から産後に至るまで?)、いかにもおせっかいそうな助産院のイメージを思うとき、「1人目は病院で産んだけど、2人目は」と考える人たちの気持ちならば、分からないでもないかな、というのが、素直な感想です。



ちなみに、私の最初の出産は、陣痛開始から70数時間は「自然成り行き任せ」でした。医療設備に恵まれた環境にありながら、それを使わないという方針のもとでは、無いも同然、むしろ、いっそ自宅出産で途中から搬送されるよりも、より「自然的」であったかもしれません。

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普通に産めることが普通だと勘違いしてる?

みりりん

普通に生まれてくることが普通だと勘違いしている人が助産院とかを崇拝しているんですよね。 どんなに妊娠経過が順調でも、出産時何もないなんて言えませ...

普通に生まれてくることが普通だと勘違いしている人が助産院とかを崇拝しているんですよね。



どんなに妊娠経過が順調でも、出産時何もないなんて言えません。



緊急時、院内搬送と院外搬送では救命率が違うと周産期医療センターの医師から聞いたことがあります。

そりゃそうですよね、院外搬送では血液型もしらべなきゃだし、経過の把握に時間もかかる。搬送のロスもある。



それを理解して助産院を選択すればいいのです。



私は、周産期医療センターを備える最新の設備を持った病院で出産しましたが、何かあっても私の処置も赤ちゃんの処置も万全の対応がされる、という安心感がありました。

きちんと知識を得た上で何を重視したいか判断できる人が増えたらいいですね。

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