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ケアノート

コラム

[梨元玲子さん]病室でもラジオ収録

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楽しそうな姿見守る

「夫と家族の写真は、いつもそばに置いています」(東京都内で)=藤原健撮影

 芸能リポーターの梨元勝さんは肺がんになり、2010年8月、65歳で亡くなりました。

 妻の玲子さん(66)は、末期と診断された勝さんを一人娘の麻里奈さん(32)とともに支え、見守りました。病室で一緒に過ごした時間が、家族の絆を結び直してくれたといいます。

たばこは吸わず

 せきが止まらず、夫が「風邪を引いたかな」と近所の病院に行ったのは亡くなる4か月ほど前でした。診てもらったら、肺は真っ白。肺炎と診断され2週間入院しました。いったん退院したのですが、体調が戻らず、再入院して肺の組織検査をしたんです。

 6月5日に一緒に結果を聞きに行くと、「残念なお知らせ」と肺がんを告げられました。夫はたばこを吸いません。まさか肺がんなんて、思いもしていませんでした。

 実は結婚してまもなくの頃、告知の話をしたことがありました。「がんだったら教えてあげるね」と言う私に、夫は「知らせないでくれ」と。夫には怖がりで気の弱い一面があります。悪い結果が出るのがいやで、健診を嫌っていたぐらいですから。

 なぜ医師たちは、事前に家族に伝えてくれなかったのか。夫が心配でした。結果を聞いた夫は「この年になったら病気の一つや二つはある。がんと言われたら受け止める。大丈夫」と言っていましたが、病室に帰って「たばこを吸わない僕が何で肺がん」と、ぼそっともらしていました。

 がんは最も病状が進んだ「ステージ4」。医師は玲子さんに、手術はできず、抗がん剤治療しかないと説明した。玲子さんから電話で病状を知らされた娘の麻里奈さんは、肺がんや治療法について、インターネットで寝ずに調べたという。

 それまで夫と娘は、ずっと衝突を繰り返していました。2人は性格も食べ物の好みもそっくり。互いに嫌いなわけじゃないのに、頑固で折れることを知らないのです。

 夫は父親が戦死し、母親が再婚して祖父母に育てられました。父親がどういう存在なのかが、わからなかったんだと思います。忙しくて家を留守にすることも多かった夫と娘の間には溝がありました。

 ただ、同じ芸能界で仕事をするようになって、会話を交わす機会も増えました。そんな時にがんを知らされ、娘なりにショックだったと思います。病は2人の距離を縮めました。抗がん剤の副作用で食欲が落ちた夫のために、娘は家にあった調味料を全部病室に持って来ました。食べられる味を探そうというんです。夫はおかゆにスイートチリソースをかけた味が気に入り、「これなら食べられる」とうれしそうでした。

 勝さんは病室にパソコンと携帯電話を持ち込み、亡くなる直前まで仕事を続けた。ラジオの収録も病室でこなし、体力が落ちて歩けなくなっても「病気の人を励ませるなら」と情報を発信し続けた。

 病室内なら仕事をしていいと医師から言われていました。私はもっと治療設備が整った病院への転院を勧めたのですが、夫は「ここでいい」と。仕事をしている時は本当に楽しそうでした。この人から仕事を取り上げたら病気に負けると私も思っていました。

 頭の中で半分は死を意識しながらも、残り半分では良くなるかもしれないとも思いました。病院に行く途中で中高年の夫婦の姿を見るのがつらかった。でも努めて普段通り明るくいようと決めました。

 7月からは病室に泊まり込みましたが、病状は悪化するばかり。せきこんで息がうまくできず、おぼれているように苦しそうな時もありました。

 本人も死を意識したのでしょう。夜中につけていたテレビを「消してもいい?」とそばにいったら、私に寄りかかって「怖いんだ、怖いんだ」って言ったんです。「大丈夫だよ。ずっとそばにいるからね」と言うと、「ありがとうね、ありがとうね」。それが交わした最後の言葉でした。

夫が夢に

 勝さんは、麻里奈さんの勧めで「新月のお願い」を3回ノートに書いていた。新月の日に願いを書くとかなうという願掛けだった。

 他人が見てはいけないので、夫が何を書いていたのかは知りませんでした。亡くなった後、娘とノートを開きました。そこには、「治療が一日も早く成功しますように」と病気に勝つことを願う言葉と、「家族のきずなが深まりますように」「家族がいつまでも幸せでいられますように」という思いが書いてありました。娘と2人で泣きました。

 三回忌を過ぎたころ、初めて夫の夢を見たんです。ニコニコして。かつて取材した人たちも天国にいるから楽しくやっているんじゃないかしら、なんて思っています。(聞き手・大森亜紀)

 なしもと・れいこ 1946年、埼玉県生まれ。高校時代の演劇サークル仲間だった縁で、勝さんと75年1月に結婚。長女はタレントの麻里奈さん。著書に、夫婦の暮らしや勝さんの闘病の様子をつづった「愛という名のスクープ」(講談社)。

 ◎取材を終えて 多忙で出張が続いても、勝さんは必ず家に電話を入れたという。飼っていた猫の様子を尋ねたり、「明日早いから寝る」と連絡したり。

 そんな勝さんだからこそ、家族とともに穏やかな時間を過ごせたことは、何よりうれしかったに違いない。「がんになって良かったとは思えないけれど、家族一緒に死に向かえる時間が持てたことは幸せだったと思う」。玲子さんの言葉が胸にしみた。

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